タイムリミット
「そんな事だろうと思ったけどねッ!」
勢い良く飛び出すノヴァの拳を避けながら、その勢いを殺さずに膝蹴りを合わせる。思考が回転を繰り返し、より強固で確実な考えへと変わっていく。
全てを幸せになんて思ってない
正義の味方なんてやりたくない
平穏に暮らしたいだけなんだ
他の奴らがどうなろうと知った事じゃない…!
「凛さん…」
「見ろ、ENFORCER。この醜悪で、下劣で、無比な精神。コレが悪だ、コレが俺だ!人を殺せた程度で病むなんて、俺には想像つかないね…!」
「違う…!」
何故かは分からない。確かに、彼は悪だ。人を騙し、世界を裏切り、仲間を傷付けた。でも…、それでも1つ。1つだけ、守っていたんだ。
「それは…本心、ですか?」
「…あぁ、そうだ」
「そう、ですか」
その心を満たすのは虚空
その傷を塞ぐのは後悔
どれだけ変わり果てようとも
腐った性根だけは直せなかったね
「私は、貴方を止める」
「やってみろよ…!」
その言葉の直後、首に切り傷が入る。鎧の隙間を狙っているのか。そして、今のスピード。恐らく時間停止だな。一撃で殺せない所を見るに、MODE:Γ中は停止時間に制限掛けられるのか。
「どうした?脳を潰さないと死なねぇぞ」
「そんな事、分かってるんですよ…!」
乱打する剣が悉く破壊され、そして一瞬で再生する。折れた刀身が、辺り一面に広がるのはそう遅くはなかった。
自分も、仲間も助ける。それがしたいなら善悪を捨てろと言った。自らの信念、自らの力だけを信じた。
その結果があの大戦だ!最期まで気付かず、気付かせる人も居らず、その正義が紛い物だと信じ切って!どこへ行っても貴方は悪で…。
「何で…、私を殺さなかったの…?」
「…?」
「一緒に…ッ、一緒に死ねれば良かったのに…」
「何を、言ってるんだ…?」
正直、何を言っているのか分からなかった。忘れた記憶とか、覚えていない過去とか、そんなモノじゃない。明らかに経験していない行為。
これまでの人生、コイツに有った事は無かったし、関与した事もない。だったら何だ?神隠しか?
「もう…、凛・ライナーズは死んだ」
「…あぁ、ライナーズなんて聞きたくもないな」
「そう?いい名前だと思うけどな」
背後から青光が瞬くと同時に、音も無く発生した爆煙の中に飲み込まれる。火傷や爛れなんて生易しくもなく、一瞬で体中の肉が炭化して蒸発する。それでも続く意識に嫌になる。
「はぁ…ッ、私まで殺す気ですか?!」
「ちょっと早く死ぬだけだから別に良いでしょ?」
「巻き込む気無かったくせによく言うぜ…!」
爆発する直前、一瞬だけ眼が蒼く戻るのが見えた。まんまと演技に引っかかった訳だ、俺。活動限界まで、大体後5分。その4分、いや、3分で片を付ける。
「ホント、我が凛ながらしぶといねぇ」
「オリジナル…?」
「戯言だ、気にするな」
上半身の鎧を蒸発させ、剣として再固定する。守備なんて必要ない。時間停止も、爆発四散も発動させない。テメェらに全て壊される前に、一方的に殲滅してやる…!
「MODE:ΓB2:53:84」
「技名叫んで格好いいつもり?」
「言ってろ――」
間一髪で切り上げを避ける。一直線に血が滲むが、重ねられる斬撃の前で気にしている余裕は無い。避けるのに徹しても、ジリ貧で負けるだろう。
「だったら――」
「遅ェんだよッ!!」
咄嗟に薙ぎ払われる剣を受け止めるが、体ごと剣を振り抜かれ、弾き飛ばされる。二度もJOKERを奪われる訳にはいかない…。手に入れる前に殺さないといけない…!
「俺を殺す気なんてないのか」
「えぇ、まだ殺す気なんてないですよ…!」
双方から飛ぶ、剣撃と打撃。それを真正面から、力で捻じ伏せる。剣撃にはより強い一筋を。打撃にはより速い一線を。
「どうしたッ!首元を留守にするな!」
「言われな、あぅッ…、くッ」
背後から首を鷲掴みにされる。呼吸だけを生かされ、大半の血管を止められる。逃げ出そうと暴れるが、如何せんリーチが足りない。
「ENFORCER、早くしないとコイツが死ぬぜ?」
「言われなくても分かってますよ、別に」
空間が停止する。全ての動きがゼロになる、私だけの世界。どれだけ強かろうと、どれだけ化物じみていても、この世界には干渉できない。
「MODE:Γ 人間ノ刻…!」
一撃目で枝を折り、
二撃目で幹を倒し、
惨撃目で椿を落とす。
その全てを当て、解除する。
「…と、結構なモン使ったねぇ」
「えぇ、全くです」
殺された体は、塵となって空へ舞い上がる。その風を、名残惜しそうに眺めるENFORCER。彼女に関する記憶なんて一切無かった。消された感じも、拒絶した感じも無い。本当に記憶自体が存在していない。
「今の内に加瀬さんの所まで逃げましょ」
「ん、そうだね。そうしよう――」
体の真横に並ぶ、黒鉄の剣。付いた血液は留まらずに、常に柄へと流れていく。後は誰が居る?水鳥か?カルマーか?
振り返った先に居たのは――
「まだ、逃がす訳にはいかないね」
焔雷を纏う奴令嬢




