ハルジオン
「痛ッ…、膝逝った膝…」
気が付くと森の中に居た。いや、正確には居る気がするだな。体に生気がない。でも擦り傷が出来た以上幻覚ではないらしい。
「なるほどね…。精神世界か」
恐らくJOKERのだろう。そんな力を使って、一体何がしたいのだろうか。そもそもこんな場所で何をしろと。説明くらいしてくれたっていいだろ。
水の音。取り敢えずそっちへ行こう。これは持論だが、科学知識では、精神が電気信号なのはご存知だろう。魔術知識での精神とは自我である。
人の維持に必要なのは、水と栄養。魔術的に見ても、科学的に見ても、水や食糧は精神世界において必要不可欠だ。
「…。ん?」
ふと空を見上げると、数え切れない星が煌めいている。だが、問題はそこじゃない。星が一向に動かない。意識的時間は進んでいるのに、世界的時間は動いてないのか。
音源に辿り着いた。川じゃなくて泉の音か。そして、泉の中央に建つ小さな家と、真新しいテーブルセット。まだ暖かそうなティーポットがある。
人が居るんだろう。渡る手段がないので、仕方なく泉を突っ切ろうとして…、止める。明らかな罠だ。隔離された場所へ、正規の手段で通らないのは、人の心を踏み荒らすのと同義だ。
「どうしたんですか?」
「あぁ、少し考えに耽ってただけだ」
てっきり家の中に居ると思ってた。これであの家へ行ける筈だ。長かったなぁ、ここまで。外の時間は進んでないんだろうけど。
「少し…、休ませてくれないか」
「えぇ、どうぞ」
音も無く、中央へと続く橋が出来上がる。一方通行ではない事を祈って、後に続く。綺麗な家だ。
少女の持っている籠には、梨や葡萄がぎっしり詰まっている。確かに美味しいんだが、2つ合わせて持つと不吉だと思う。人の好みにとやかく言えやしないが。
「どうぞ、ゆっくりしてください」
「ありがとう」
あの清楚な立ち振る舞いからするに、ここはイグジストの世界なのか。サードやヨネだったらボロが出る。絶対出る。
自我として個々がしっかりと認識されている以上、魂が4分割なんじゃなくて魂自体が4つなのか。
裁くべきはあの2人なんだが、それをすると残りも一緒に死ぬだろう。あの歳だ。長い間自分として構成していた部品が完全に断たれるからな。分離させて、かつ裁く方法を考えなければ。
「お名前、なんて言うんですか?」
「加瀬士だ。アンタは…、イグジストだろ?」
「よくご存知ですね」
「お前の知り合いから聞いてな」
合ってるっちゃ、合ってる。
「あぁ、サードちゃん達から?」
「まぁ、そんな所だ」
「…その紅茶。飲み切ってくださいね」
「そんな事言われなくても、美味しけりゃ飲むさ」
少し葡萄の風味が感じ取れる、渋味や酸味が少し効いた良い紅茶だ。前に店で飲んだのとはまた違う味になっている。やっぱり個性とかが出るんだろうか。
「準備が出来たって、ヨネちゃんが言ってたんです」
「何の準備か知らないのか?」
「あの娘達は、世界をいっぱいを聞かせてくれました」
「あれ、質問は…?」
「発音とか文字、綺麗な風景から思い出まで、全部」
「…この世界から出た事が無いのか?」
「始めて自分で家を出たのが、つい最近なんです。でも、その一瞬だけ。その後はずっとここに独りぼっち。サードちゃんもヨネちゃんも、来る事は無かった」
いや、辿り着けないんだろう。元々は同じ世界を持っていたが、それぞれが分岐して変質し、世界同士が無意識に拒絶したんだろうな。
「ん、それより前の記憶は無いのか?」
「…お酒の匂い、くらいしか覚えていないんです」
記憶喪失じゃないな、これは。少なくともサードが全部真相を知ってるのは明白だ。…問題は、ここからどうやって抜け出すかだな。
「はい」
「この花…、姫女菀か」
「春紫菀ですよ。紛らわしいんですけどね」
貧乏草だっけか、コレ。まぁでも、手折ってなさそうだし良いかな。それにしても、なんか別の意味あったっけ…?
「真実を知りたいのなら、咲かせなさい」
「真実…」
「って、ヨネちゃんが言ってました」
この場合、花に籠められているのは俺の真実じゃない。でも、良いのか?真実なんて仰々しく言って、咲かせるのを拒絶する様な伝言。
「…咲かせてください」
「…」
「お願いします…!」
真実を拒絶しなければならない2人
真実を知らなければならない少女
拒絶をすれば、少女は苦しみ続け
知ってしまえば、少女は死ぬかもしれない
続く苦痛と、崩壊する死
救いなんて知らないけれど
「…ごめんな」
「…いいえ」
蕾が開き始める
もう後戻り出来ない
でも、不思議と
「ありがとう」
嫌な気なんてしなかった。




