取り戻した破綻
人は孤独だ。
だから依存する。
人は無力だ。
だから群れる。
人は化物だ。
だから殺す事を楽しむ。
だが彼は違った。
孤独を知らず、群れる事も出来ず、殺す事を苦としない。
彼は壊れている。
だから惹かれたんだ。
その破綻に。
「…ぅあ、ッ」
小さな振動が連続して流れてくる。立ち上がろうと反射的に左手をつき、初めて気づく。左手が治っている。暫く倒れていたらしいが、どこだっけここ…。
「起きた?焔ちゃん」
「…ぇ、誰?」
ハッキリと思い出せない。記憶が曖昧になっている。確か、…あれ。何してたんだっけ…。誰か…、何が?
「厶ー君、止めて」
「分かった、そこのSEで良いな?」
「良いよ」
腕に何か着いている。鎖?って奴だろうか。
暫くすると振動が止まり、ムー君?が来る。見覚えのある顔。でも思い出せない。何かに止められている感じ。
「さて、焔ちゃん。凛はどこ?」
「凛…?」
「凛と言えば、あのライナーズじゃない」
「ライナー…ズ」
「少し案内するだけで良いんだ。それで用事は済む」
「このルカちゃんを失望させないでよ?」
「調子に乗るな“ルーシア”」
「痛っ、だってぇ…」
ルーシア…。そうだ、あの娘だ、ルーシアだ!記憶が戻ってきた衝撃で、少し足がふらつくが関係ない。凛に何かしようとしている。見極めなければならないな…。
「で、見つけてどうするって言うの?」
「勿論、殺す」
「…一体、凛が何したって言うんだ」
「嬢、それは――」
「良いよ、特別に教えてあげる。記憶操作なら仕方ない」
今年、2035年1月3日午前1時20分頃、サヅァリー地区7番街で起きた強盗犯。アレはムー君の兄、アルスファ・オーデイン。
彼が死んだと言うニュースは私達の国にも届いてね、それはそれは驚かれた。何故って?
彼は名家の力を使わず、民と戯れ、国を護り、それは信頼を超え家族とも呼べる様な存在になっていった。それは民も、王も、罪人さえも彼を愛し、彼もまたそれに応えた。
だから国はその死を訝しんだ。そして調査の結果、幾つかの不可解な点が存在した。
・何故死体を寄越さないのか
・何故強盗なのか
・近くにいた少女は誰なのか
聞いても知らぬ存ぜぬの一点張り。そこで、私達は最新鋭の機器、過去記憶可視化装置を使って、現地の部隊員達に試し、状況をプログラムして再現した。
見せてあげる。その空間を、本当の真実を。
爆発音が、少し遠めに聞こえる。事故の音だろうか。生憎ここからじゃ見えないが。
『ア…mア…」
「無差別汚染…!?」
『Z、ZJZZJAZYAJJAA!!』
「ムー君!」
「そんな急には出せねぇって!」
悲鳴を掻き消す様に、電磁起動音が響き渡る。逃げようとする人達を巻き込みながら、急発進し距離を取る。法定時速180kmを軽く超えて高速を逆走する。
「くッ、事故ったらどうする気!?」
「事故らなくても死ぬし良いじゃない」
スピードは出てるが、一向に離れている気がしない。火達磨の化け物が物凄いスピードで追いかけてくる。速さ自体は五分五分だが、高速もいずれ終わるしこれ以上被害は出せない。
「戦えないの?!」
「無茶言うな!コイツはそんな代物じゃねぇ!」
「磁力最大で飛ばして、ムー君!」
「2人そろって…、洒落くせぇってからに!」
ODからAEROにギアを入れ、アクセルペダルを思いっ切り踏み込む。速度が上がると共に、タイヤの空回り音が大きくなっていく。
「マズイッ…、助走が足りねぇ…!!」
「残量は?!」
「最高速で20km!それまでに何とかしろ!」
「焔、手伝って」
「…手伝わなきゃ死ぬんでしょ」
腕の鎖を融解させ、バックドアを蹴り破る。車の残骸の中から、あの化物が揺れながら立ち上がる。
化物の背中に、突然光輪が浮かび出す。R.E.Dに近いのか、もしくはR.E.Dそのものなのか。宙に浮き、上空まで一気に舞い上がる。
「ムー君、天井透かして!…ムー君?」
振り返ると、まるで予想外だと言わんばかりに目を見開き、画面を凝視している。モニターの文字は読めないが、恐らくあの化物。アレが原因なんだろう。
「…ハッキリと言おうか」
「な、何?ムー君」
「早くして!奴が来る!」
現実を受け入れる様に、ハッキリと言い放った。
「アレが…、目標だ」




