止まった信念
それまでの静けさの中に、小さな流動音が雑じる。それが何なのかはよく知っている。だが、それに対し罪悪感など微塵も無い。俺は正しい事をした。アイツ一人では到達出来ない領域を、手遅れになる前に認識させたのだから。
「じゃあな、縁があったらまた」
会えるだろうさ、なんて言わなかった。むしろ会わない方が良いのだ。誰だって、嫌な奴には会いたくはないだろ。
そのまま振り向かずに出て行く。JOKERは拘束した。まだ具体的な状態は判らないが、脳にダメージが行ったらしい。
武藤はJOKERを討ち取ったのだ。賭けた意志を持って。
「…その様子じゃあ、上手くいったか」
「よく言うぜ、…分かってるくせに」
「冗談くらい良いんじゃないかな」
エスカを背負う。睡魔に耐えられなかったらしい。既に10時を回っている。疲れも有っただろうし、仕方がないと言えば何というか。
「家まで運ぶしかないか」
「ま、そうだろうね」
自分は運ばないからって上から見やがる。病院からは少し遠い場所なので、手間が凄く掛かる。そしてこの分の給料は出ない。悲しい。
「受付さーん、退院記録お願いしまーす」
返事が全くない。仕方がないので書かずに出て行く。しっかり書かないと後で電話鳴らされまくるが、人が居ないし呼んでも出て来なかったので、向こうの咎にしておこう。
「夜は好きだなぁ」
「そうか?あんまり面白くないが」
「静かだし、草木の気配が強いからね。アンタみたいに時間を面白さで判断する奴には解らないよ」
「悪かったな、解らなくて」
都会から少し離れた場所に、その家は有った。
そう、エスカの実家である。生憎と今の住所は知らないし、仕方ない。小母さんは苦手だが、姐さんと親父さんは気さくだし絡みやすかった。やっぱり、年の離れた女性は好きになれそうもない。
「こんな夜中に訪ねるなんて気が引けるな…」
「確かに、そこは私も同じ気分だね…」
玄関の電気が消えている。もう寝静まった後なのだろうか。なんて、そんな事は無い。よく遊びに来てたから分かる。余程朝に近くなければ、裏口のドアから執事室に入れる。
そう、金持ちの家である。
「久しいですな、凛くん」
「こんな夜中に来てしまったのは謝ります」
「大丈夫ですよ。それが執事ですから」
そのまま執事室を抜けて、エスカの部屋に直行する。青いのと執事さんはリビングで待っているらしい。変な事を言い出さないか心配だが、取り敢えず今は運ぼう。
「鍵どこしまったっけな…」
「おお、凛くんじゃないか。久し振りだなぁ」
「起きてたんですか、親父さん」
相変わらず変な所で話しかけてくる人だ。人によっては好みが別れると思うな、その癖は。まぁそんな事はどうでも良い。
「またウチのが迷惑をかけたかい?」
「まぁ迷惑はいつもですけどね」
「今回は違うのか」
「少し仕事が建て込んでしまって…」
「相変わらず迷惑をかけるね」
「それだけなら可愛いもんですよ」
やっと鍵を探り当て、エスカの部屋に入る。自分の部屋に外から鍵をかけるのはどうかと思うが、造りとしてそうなってるから変えようがない。
寝てる時の顔よりも、遊んでる時の顔の方が可愛い。まぁ年齢上可愛いよりも綺麗って言って欲しいんだろうが、100人中180人が可愛い系だって言うだろうな、多分。
「凛くんはここから帰るのかい?」
「まぁ、帰らないとウチのも心配するでしょうしね」
「違いない」
旅館の約束も、そろそろ果たさないといけないしな。勿論、武藤が復活するまで待つ事にはなるがな。今回はしっかり、全員で旅行しないと、また誰かから怒られるからな。
そう、全員で。




