憧れてはならない
「凛さん、跳べる?!」
「あ?…分かった、行くぞ!」
身を任せる様に自然落下する。その私を空中で抱き、壁を蹴って加速する。私じゃ跳ぶ力を生み出せないし、信じた意味があった。
障壁から閃光が溢れ出ている。心当りがあるのは何故?何の記憶か引き出せない。
障壁の穴に突入する。閃光で何も見えないが、取り敢えず武藤さんを探さなきゃ…。早く助けないと、あの豪雨の主に殺されるかもしれない。
そして閃光が消えた直後、暗くなった視界に、映ってはいけない光景だった。何故、何故この状態なのか。
血塗れの2人が、そこにあった。女に傷は無く、虚ろな目をして佇んでいた。そして男は、体中から血を噴き、傷とも言えない何かが大量に体に現れていた。
「捕縛だ、ENFORCER」
「…え?」
信じられない言葉だ。武藤さんを助けるのが先じゃないのか。…いや、違う。そんな事は無い。だってあの頃は――
「JOKERの捕縛が最優先事項だ。武藤は後にしろ」
「…どうしてそんな事が言えるの」
その眼を見て、自分を疑った。何も感じていない。怒気も、絶望も、希望も、ましてや後悔ですら。
こんな人間だったのか?私は何を信じていたんだ?違う、そんな事は無い絶対に。だって、だって私に言い聞かせてくれたじゃないか。どうして…?
『R03、応答せよ』
「…はい、手短に」
『捕縛対象はどうなっている』
「被害は甚大ですが、活動停止には追い込めました。ですが、こちらでは人が足りません。至急、他方から人を寄越して下さい。OVER」
呆れた様な眼をこちらへ向けてくる。心の底を見透かされている様な、哀れみの眼。体中の傷が疼く。
「応急処置くらいはしてやる」
「…いらな――」
鈍い痛みが背筋を抜ける。意識が一瞬で無くなっていく。何でこんなに変わってしまったのだろう。何でこんなに何も感じないんだろう。
「…手間の掛かる小娘だな、全く」
電磁の独特な音が、辺りに響き渡る。行動が早いのは、まぁ褒められる事か。この怪我人共を引き摺ってもらえば、俺も楽に動ける様になる。
「R03、ご苦労だった。後は我々が引き継ぐ」
「救護班を呼んでくれ。死にそうで見てられん」
「分かった。おい、誰かO-32を呼べ!」
後はまぁ、機能復旧の作業をやって、ダラダラと引き込もるか。どうせまた謹慎が始まるんだし。でも何か、誰か忘れてる感じがする。
―3時間後―
「R03、任務は終了した。今回は緊急事態の為招集したが、本来謹慎処分の身。先の件もそうだが、それを留意しておく様に」
「了解しました、イェッサー」
「はぁ…、今回は君らの違法行為に助けられたが、また行う事があれば取り繕う事は出来ないからな。理解しておけ」
「分長、移送準備完了しました」
「よし、君もしっかりと英気を養っておけ。家族と過ごすのも悪くないのは知っているだろう」
「…努力はします」
家族と過ごすのは楽しい。そんな当たり前らしい事が解らないのは、何故なんだろうな。まぁ、考えていても解らないモノは解らない。早めに帰ってみても良いかもしれないな。
「進化したじゃん?腐れ脳味噌風情が」
「…黙れ、今そんな気分じゃない」
聞かなくても良い。喋らずとも判る関係なんて究極系だからな。最も、言葉を交わしたくないだけだが。…エスカはどうしたんだ。
「それなら…、ほら」
「…あぁ、そう言う事か」
メインホールから忙しなく出入りする部隊員の中に、その姿はあった。本当に顔に出やすい奴。民間人の避難誘導をしていたのだろう。…つまり、あの街も。間接的に俺のせいじゃないのか、なんて想像してしまう。
そしてそれが真実だろう。所詮俺の力で街一つなんて護れるものか。そんな事を言って、その重圧から逃げ続けるだけ。だが、それが俺だ。それの何が悪い。
あぁそうだ、俺は悪くない。だが、それでも後悔が残るのは、俺が人間だからなのか。こんな思いをするのなら、人としてなんて生きたくないのに。人として生きられないから、こんなモノなんだ。
「凛…?」
「どうした、そんなに落ち込んで」
「あのね…、あの…、ぁぅ」
口籠るエスカを抱き上げる。啜り泣く声が側で聞こえる。辛かったのは判るさ。昔からそんな人間だった。
だから一緒に泣きたかった。
だけど一緒に泣けなかった。
苦しみも辛さも分かち合いたいのに。
結局そんな人間なんだ。
人としてなんて生きられるものか。




