過失殺傷
「な――」
元が判らなくなる程異形化した筋肉。そこから無数に生える蛸の様な触手。こんな肉塊が自律移動なんて出来る筈もない。しかし無の空間からこんな化け物が出来る訳も無い。
「…あの時のR.E.Dか」
「もしかしてあの虫っぽい奴か?…いや、中身か」
「理解が早いようで」
増殖し続ける筋肉の中から、甲高い咆哮。目と言う器官が全く働いていないのか、無差別に触手を伸ばし始める。
その触手に死体が触れた途端急に暴れ出し、辺りを抉る勢いで触手を叩き付ける。中には折れた触手も有ったが、常に咆哮し続ける為に堪えてるかが判らない。
「何とかしてアレを殺さねぇと――」
不意にJOKERが斬りつけてくる。あんな化け物が何をしようと、味方になってくれるなんてのは無いらしい。ENFORCERで対応出来るのは良いんだが、それだと俺がこの化け物の相手をしなきゃならない。単独で殺せる確率は、低く見積もって10%程度。凛さえ居れば確実に処理出来るのにな。
「ッ!、跳べッ!!」
触手が飛んで来る。しかし判断が遅れた。触手に足を掴まれるかと思えば、いつの間にか四肢や体に纏わられた。抵抗が無駄だとは判っているが、やれるだけ殺ってやるさ――
「第八機構起動、装填開――」
―てい―の?
――、こ――かや―に立て――か―
いタい
―立て
かナしい
―見据え
あつイ
―構え
むなシい
―見定め
うれしイ
―引き抜け
たノしい
―殺せ
ネぇ―殺せ
貴方も、私も同じでしょ?
―有るべき場所へ魂を還せ
急に流れ込む文字列。俺の記憶にはこんな場面は存在していない。つまり、この触手が流しているのだろう。だが何だ、この感情は、
まるで人間じゃないか
「装填半解除、消し飛べ…不敬の天罰ッ!!」
纏わり着く触手が、撃ち抜かれたかの様に砕けていく。その隙をつき逃げ出そうとするが、痛覚などまるで無いかの様に無限に触手が絡みつく。無限に増え続ける筋肉を触手として体外に射出し、自滅を防ぐのか。
不敬の天罰のお陰で、五体満足とは行かないが少し自由が効く様になった。が、それも束の間であった。不敬の天罰の処理速度を超え、体内に取り込まれ始める。
「ぐッ、ENFORCER!JOKERをさっさと仕留めろッ!」
「ッ!武藤さ――」
「今は私でしょ?ENFORCER」
既に半身が取り込まれている。しかしそんな事がどうでも良くなる程の物が、存在してはいけないアレが――
「…死に損ないに用は無い。失せろ寄生虫」
突然の銃声と共に、何かが斬れる音がする。見えなくても予測は出来る。この化け物相手に対し、有効打を持っている人間は少ない。その中で、銃と剣を攻撃として搭載するのは、余程手段を選ばない異常者。
必死にソレに手を伸ばすが、もう届かない。しかしどれだけ無駄であっても、死に直面した人間には理解出来ないし、直面した事の無い人間にも判らない。
後悔とは自らを否定する賜物だ。
苦難とは無力を体感する試練だ。
破壊とは生命の根源であり、
再生とは死滅の幕開だ。
その全てを取り込んで、人は動物から外れる。動物の枠にも収まれなかった、有機物の塊となる。
手を伸ばした男の前で、無感情のまま切伏せられた。




