理想人間
「くっ…、ぁ?」
周りが干し草だらけ。牛小屋にでも落ちたのだろうか。上向きにかけても対して軽減は出来ないのか。少し時間が経ったらしく、足の傷も完治しているが、血が足りない。頭がクラクラする。
「それにしても、妙に静かだな…。牛共が鳴いてたりしてても良さそうだが」
天井が抜けているのを見ると、放置され腐っている様だ。撤去くらいした方が良いが、助かったのでなんとも言えない。
「5分くらいか…。今からならまだ間に合うかもな」
本部の方向から雷鳴が聞こえる。つまりまだ戦闘をしているらしい。行って加勢しなきゃ駄目だしな。対人間は専門じゃないが。
「それにしても鐘がうるせぇな…。街も静かだし、そう言えば今日ミサだっけか。だったら静かなのは分か――」
この瞬間、その考えを改めなければならなかった。今踏んだのは紛れもない、液化した固形物。呑み会のオッサンが吐いた後なんて平和的発想には至らなかった。
粘着性が無い。所々グニュグニュしている。鉄分のニオイ。
結局、下を見る事は出来なかった。そのまま教会へと向かう。足を引っ掛けて転び、滑らせて転び、教会に辿り着く頃には服や体中が赤黒く染め上げられた。
当然、そこに人は居なかった。あるのは頭が無くなった神父の体と、時計の針に突き刺さって暴れている、頭裂がいた。
「『世界が私達の為に創り変えられるのならば、神はとても寛大だ。私達が世界の為に創り変えられるのならば、神はとても傲慢だ。例え神が創り変えたとして、それを認識する事は不可能だろう。我々は不可能を嫌い、世界を変えてしまったのだ。
我々はとても傲慢だ。 byアイザック・ネクレシフト』」
神父が読んでいたであろう一節を読み終わると同時に、時計の針が重なる。真っ二つに切断され、虫特有の生命力で暫くもがくが、そのまま蒸発していった。緑掛かった血液も、蒸発するにつれ、元の赤黒さを取り戻していった。
何も救えないし、何の努力もしない。そんな人生だろう?
今も、昔も、未来も。
「…そうだな、行くか。本部へ」
嫌な事から逃げ出したって、被害を食らうのはどうせ自分だ。そこに他人が関わるか関わらないかの差。それなら逃げたって問題は無い。他人は全て、俺の道具だ。俺が幸福に生きれればそれで良いんだ。
でも、どうしても、非情になんてなり切れるものか。生命は、産まれた時は純粋無垢だ。そこから罪を重ね、悪に染まるか善に染まるか。
偽善者とは悪に染まった者だ。悪人とは善に染まった者だ。一筋の逆方向への光を見れば、人は変わるのだ。
善しか知らない人間は、自らが悪と思う。それが犯罪だ。
悪しか知らない人間は、他人が善と思う。それが偽善だ。
だが灰色に染まった人間はどうか?
他人を道連れにし、
自分を愛せと言い、
能力ある者を嫌い、
価値観が薄く、
先入観が強く、
自らも他人も正しくないと言い、
貧しき人を救い、
富を持つ者を壊し、
全ての平均化を求めていくのだ。
俺が理想とする人間は、善と悪など存在しない。
自らが、正しいと言う事実のみ。




