聖
「ほれ、立てよ」
どうやら先程の光景を見て、腰が抜けたらしい。生物というのは実に単純で、自分より強い者へは特定の状況下でしか逆らわない。でも未龍は生物じゃない。一生死ぬまで戦闘マシーンだ。ますます未龍なのか怪しくなってきた。
「ほら、乗れ。外まで運んでやるよ」
「…」
何も言わずに背中に乗ってくる。何故か奇妙な既視感を感じる。が、それも一瞬だった。
「なぁ、質問していいか?」
「…?」
「お前は何でここに居たんだ。ここじゃ無くても色々行けただろ」
「…怖かった」
喋れるかどうか試していなかったから、一瞬しくじったと思ったが、無事話せたので良しとする。
「何が?」
「神さま」
「神様…ねぇ」
この世界には、神様なんて居ない。信じれば救われるだの、神の導きのままにだの、妄信は聞き飽きた。たがコイツの言う「神さま」と俺達の言う「神様」は違うのかも知れない。少なくとも恐れられるような物では無い筈だ。
「親は居るのか」
「だれ?」
「あー…、じゃ一緒に居た奴とかは居ないか?」
「…、いない」
やはり、おかしい。明らかにコイツは未龍じゃない。であれば誰だコイツ。この場所で、こんな幼子が生きていられる訳がない。つまり、コイツの回収はさほど問題では無く、もっと別の目的が…?
「…あれ、閉まってる」
「え?」
「いやな、来る時に俺こじ開けたんだよここ。まいっか、また開けりゃ良いしなッ!!」
ドアに付いていた鍵を蹴り壊す。後で備品を破壊したとか言われるかも知れないが、風化して壊れたと言えばどうとでもなる。
「おい、武藤」
「…はいはい?」
律儀に待っていたらしい。足元にいちごミルクのパックが大量に転がっているが、随分前からいたのか。
「あれ、エスカは?」
「ふて腐れて寝てる」
「あ、そっか」
「で、どうする」
「ん?コイツを連れてくけど」
「…ちょっとだけ寄り道をさせてくれ」
「まぁ、遠すぎなけりゃいいけど…」
武藤の後に続くと、魔科学研究班に辿り着いた。多分合っているが、武藤の目的が判ったかも知れない。
「失礼しまーす…」
「…誰だねキミは」
「あ…、え、と…俺は凛と申し」
「おっちゃーん、来たぜー」
「おお、武藤くん。久し振り」
「…あれ、俺の事無視?」
「さて武藤くん、話は早い方が良いだろう?」
「ああ、頼む」
そう言うと、クソジジイは徐にカップを持ってきた。…俺の第一勘が言っている。今すぐあのカップを粉々にしなければ。
「ここに――」
「ぬぅん!」
カップを手から蹴り落とし、トドメの踏みつけを行う。どうせ武藤の知り合いだ。今までに一度もまともな奴を見た事は無い。
「ふぅ…、勝利宣言」
「…何したの」
「いやいや、どうせあの武藤の知り合いの事だ。何か良からぬ事をしようとしていたのは間違いない」
「そ、そんな事ないぞ…」
物凄い勢いで声が沈んでいく。そもそもカップ+ロリコンは駄目だ。羞○プレイだの聖○だの言い出しやがる。社会の異端だ。
「同族嫌悪だろ」
「うっ…」
「仕方が無い…、唾液で我慢しよう」
「今我慢しようって言ったよね、絶対俺の考え当たってたよね」
「「〜♬」」
新しいカップを貰い、アイツに手渡しする。…ちゃんとカップは紙製にさせた。
「こん中に唾入れれる?」
「…つば?」
「あー…、口ん中に水が有るだろ?それだよ」
「うん、分かった」
…なんか唾入れてる所見ると思う所がある。そのまま武藤達と一緒にやってた方が良かったのかも知れない。
「はい」
「ありがとうな」
カップを受け取り、先程までの場所に戻る。ちゃんと釘は刺しておこう。
「はい、ジイさん。…飲むなよ?」
「いくら私でもそんな事はせんわ」
「ああ、まぁそうだよな。取り敢えず言っとこうと…、いくら?」
「…おっちゃん、検査は?」
「ああ、任せろ。10分有れば大丈夫だ」
「じゃあ頼んだよ」
「うむ」
そう言って出て行ったので取り敢えず着いていく。あのクソジジイの所に居たら精神が腐ってしまう。
「大丈夫か?」
「?うん」
「そうか、良かったな。あま」
今のは何なんだ…。俺はコイツと初対面の筈だ。過去に一度でも会った事は…無い。絶対に無い。なのに今、呆然としている。予想外な事で動揺している。今、名前を…。
「あま…何だって?」
「どうしたの?」
そう言えばおかしい。俺が回収に行く時、理由も無く苛立っていた。もしかしたら、ソレと関係があるのか…。
「いや、…何でも無い筈だ」
「いや知らねぇよ、お前の事だろ」
「何が駄目なんだよ」
「自分の考えに憶測を混ぜるな」
「すみませんでしたー」
少なくとも、今すぐに調べるような物では無い。また気が向いた時にでも調べれば良い。…良いだろう。
「あ、電話」
「はいはい、おっちゃん終わった?」
『おう、ちょっと戻ってくれ。見せたい物がある』
「ほーい」
軽く電話を流したが、見せたい物とは何だろうか。人間ならその場で言えば良いし、未龍ならもっと焦るし。
「…取り敢えず行くぞ」
「はいはい、分かりましたよーだ」