机上には
周囲が暗闇の様に透き通っている。意識をはっきり保つ。少しずつ明るくなっていくのが、好きじゃない。森の中にある秘密の場所。綺麗な泉の側で起きる。
泉には色々映る。過去と今、未来は映らない。定まっていないからなのか、それとも存在しないのか。
過去の事はあまり知りたくは無い。朧気になっているのを晴らしたくない。過去から逃げているのか。それとも引き出しちゃ駄目なのか。
今引き出せるのは少ししか無い。
享者 アルスファ・オーディン
「…ぁぅ」
目覚ましの音で、夢から引き戻される。何を見ていたのか記憶も残らない。いつもそんな感じ。だからこれが普通。初めから、この環境が普通なんだ。
洗面台で顔を洗う。冬場なので、お湯でやらなければいけない。
「今日も帰って来ないんだろうな…」
不意に口から溢れる。でも、どれだけ願っても私には振り向いてくれない。兄として振り向いてくれない。私が悪いのかもしれないし、向こうが悪いのかもしれない。
足に冷たい空気が流れてくる。窓は閉め切っているから、どこか開けたのだろうか。しかしどの窓も閉まっていた。
不意に玄関を見る。分かりにくいが、少しだけ開いている気がする。見てみると、鍵は閉まっていなかった。
(強盗でも来たんだろうか)
そんな危機感は無かった。別に今ここで殺されても良いのかも、なんて考えだす。でも、無意味な事は知ってるよ。そんな事でも、悲しむなんて無いから。
少し前に、何か残ってはいないか、部屋に入ってみた。あの性格だから、日記なんて物は無かったし、部屋もぐちゃぐちゃだった。でも、1つだけ。本や書類を退けて、置いてあったんだ。
「自分の部屋でちゃんと寝なよ…、全く」
リビングには、切り傷や擦り傷の痕だらけのお兄ちゃんが居た。安心しているのか、自然と力が抜けてくる。
お兄ちゃんは、自分の傷を何かと隠そうとする。包丁で指を切った事から、深い深い心の傷まで。心の傷は誰でも隠そうとはする。人より何倍も傷が治りやすい体。
だからこんな事は稀だった。自分の傷に気付く余裕も無く、ゆっくりと呼吸して寝ているのは。小さい頃はよく寝てもらっていたが、その時だって寝ているのを見たのは数回だった。
「ん…?」
開いたままのパソコンを覗く。地図が載っていた。それも少し遠めの場所の旅館。前にテレビでやっていた、朝焼けが綺麗な場所。昔、行きたいと言った記憶がある。
「少し遅めの、お年玉かな…」
そう言えば、今年は貰っていなかった。1月は業務が詰まってくると、テレビでやっていた気がしないでもない。こんな職業だから祝日出勤なんてザラだ。
部屋から布団を持って来て、苦しくならない様に静かに掛ける。
「おかえり、お兄ちゃん」
第四章 予測不能のアンノウン




