紅雪の処女
「…これはお前がやったのか?」
辺りをゆっくりと見回しながら、静かに問い掛ける。何かの間違いが起こって欲しかった。
「私はただ、ここに居ただけ。殺したのは私じゃないなぁ」
「…そうか」
そしてその間違いは起こった。犯罪に手を染めていたとしても、まだ助けられると思っている。でも、事件がある時、そこに必ず加害者は居るのだ。
「…誰が殺った」
「ふふっ、ENFORCERだよ」
「ッ…」
「私を誰かと勘違いでもしたんだろうねぇ。『ジャックちゃん』って頻りに叫んでたっけ?」
耳に残る様な高笑いを聞きながら、脳内の情報を整理しようとする。だが、いくら整理しても一瞬で砕けてしまう。
「テメェ…本当に武藤を殺ったのか」
「間違い無く、ね♪」
「…そうかそうか。全く笑える話だよな」
「?」
そう、ここに居る二人。そしてENFORCERも勘違いをしている。それに気付く感覚は、ジグソーパズル完成の比ではない。
「武藤辰吉は生きている」
「…え?」
「聞こえなかったか女。武藤辰吉は生きている、と言ったんだ」
「…嘘だ。だってこの手で――」
「武藤によれば、テメェはトドメの瞬間に逃げたって、言ってたぜ?…どうした?気分でも悪いか」
頭を抑えながら呻き始める。そりゃそうだ。自分の中での誇りと真実を、俺と言う他人に踏み荒らされ、穢され、偽りにすり替えられたんだ。だからと言って、俺が他人に対して優しくする様な徳は持ち合わせようとはしない。
「やっぱり違ったな。お前はジャック・ヘレネスじゃない。ただの俺の勘違いだったんだ…」
「ジャック…ヘレネス?」
「なぁ?CODENAME:JOKER」
そう、全て俺の勘違いだ。ジャックなら、身長が5cmくらい低い。あとBカップだ。隻眼だって、マグレじゃないか。そう、容姿が似てるだけの他人。偶然似てるだけなんだ。…絶対にそうだ。
「そういや、1ヶ月前にオーディエンス家の事件があったな。行方不明イグジスト・オーディエンス。お前だろ」
「…じゃあ私からも、同じモノをやろうか」
「その必要は無いです」
「「!?」」
天井を突き破って姿を現したのは、ENFORCERだった。先までの様な落ち着いた雰囲気は消え、傷だらけの体で目の前に対峙する。
「よう、貧乳野郎。どうした、モテなくて売春でもしたのか?」
「あら、永久童貞。自分こそ、モテなくて強姦でもしました?」
やはりコイツは嫌いだ。人を苛つかせる事しか言わない。こんな非常事態じゃ無けりゃ殴りかかってたかもな。…流石にしないか。
「まぁ良いや。二人揃って絶望すれば良い」
「その無駄口を叩けるならね」
「2対1でも、卑怯とか言うなよ?」
2人を前にして、酷く落ち着いている。まるで自分が、勝利するのを判っていた様に。絶対に勝利できると確信している様に。
「後で後悔するが良いさ」
そう言い放ち、カッターナイフで左腕を切った。表面の肉にほんのちょっと触れるくらいに。血が線となって流れ出るくらいに。
「その程度で、俺が絶望?はっ、嘲笑わせるぜ」
「意味が分からないのかなぁ?コレをした意味が。まぁいずれ嫌と言う程思い知るさ。ねぇ、ENFORCER」
「……今ここで殺せば問題なさそうな事は分かりました」
「貴女も約束だよね。絶望させるって。分かってるんだよ?私は」
不敵な笑みを浮かべ、揚げ足をとる子供の様に言った。
「紅雪の処女」




