虚偽の宣告
「…サンプル?」
確かに未龍には解明されていない事は多い。だがサンプルを取ってこいと言うのは些か無理難題だ。
未龍の解明が出来ないのは個体数が少ない訳では無い。森や海には山程居る。だが調査が出来ないのは異常なまでの体の脆さのせいだ。未龍は石が当たったり、蹴られたり、果ては自身の行動でさえも自身の体を破壊する原因となる事もある。
殺せば衝撃で破砕。捕獲しても暴れて自己破砕。肉片で無い未龍の調査は殆ど不可能に近い。
「…君達の研究結果を知らない訳では無い。だがコレは本物の龍だ。…いや、龍でも無いか」
「龍じゃ…無い…?エスカのおばあちゃんから聞いた昔話の奴?」
「…多分、おばあちゃんが譫言みたいに言ってた奴だと…」
「エスカ君、詳しく話してくれないかい」
「あー…、はい」
―少しばかり昔、ある男がいた
ある男は、何も持ってはいなかった
―ある時、獣が倒れていた
皮を剥ぎ、服を作った
男は服を手に入れた
―ある時、人が倒れていた
見殺しにし、剣を見つけた
男は剣を手に入れた
―ある時、人の群を見つけた
皆殺しにし、幸福を得た
―男は快楽を手に入れた
ある時から、何も現れなくなった
男は、理不尽だと叫んだ
男は鬼と化した
―ある時、獣が現れた
獣は化け物だと言い、逃げた
男は孤独を手に入れた
―ある時、龍が現れた
男は、戻してくれと叫んだ
―男はなり損ないの龍と化した
「…相変わらず解らんな」
「うーむ、そんな記述は見た事が無いが…」
そう言うと、メモを取り出し、先の話を書き留めた。
「ありがとう、また何か新しい事が有れば言ってくれ」
「分かりました」
「話を戻そう」
そう言うと、モニターを付けた。薄暗く檻の様な物が見えるので、恐らく旧第三地下牢だろうか。
「コイツが目標だ」
「…?コレが?」
「…嘘」
明らかに其処に居てはいけない物が居た。
「我々は、コレをCode3501と呼び、至急サンプルの回収と本体の駆除を最優先として、改めて君達に頼もう」
「…」
「エスカ君が絶句する理由も分かる。だがコイツは龍だ。紛れもない龍だ。龍と我々が共存する為には、この個体の調査を行わなければならない」
「…分かりました」
「凛!」
エスカが詰め寄り、胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「コレが何だか分かってるの?!アンタは―――」
「…煩ぇな」
「煩い?ああ何度だって言ってやる!アンタにとって、そんなに簡単に破って良いものだったの?!」
「…」
掴んでる腕を、凛が掴み返す。無理に引き剥がそうとはせず、自ら剥がさせるように。
「…コレが、鍵だ。回収、頼んだよ」
「…はい」
呆然とするエスカを横目に、凛は外へ出て行く。
「そんな…だって…」
「どうして奴に拘る。君にも知らせただろう。彼女が龍であると。龍の危険性を知っているのも、君達だろう」
「そんな事を…凛に殺らせるのか!!」
激情に駆られ、銃を喉元に突き付ける。
「…君達が撃てないのは知っているよ。その規則を設けたのは私だからね」
「!…良いよ、じょあ望み通り―――」
撃つ前に、エスカの体が崩れ落ちる。間一髪の所で助けたのは、武藤だった。
「…また騙すのか」
「誰をだい?」
「あの映像の奴が龍だと言う証拠を、先程から一度も提示していない」
「ほう」
「じゃあ誰だ、アイツは」
「…裏切り者に、言う価値は無い」
「チッ」
エスカを抱え上げ、最後に一言言い放った。
「上辺っ面の腐れ小鬼がよ」