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Slave Of The One-Eyes  作者: 軍団長マッスル
第九章 反復記号と複数線
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認識錯誤

「くッ…、ぁ」


流石に血を流しすぎた。意識が朦朧とし、今にでも気絶してやろうかとも思ったが、その度に胸の剣で呼び戻される。

今すぐにでも抜いて治したいが、恐らくそれをすれば出血多量で死ぬ。だから、抜くわけにはいかない。


「…ッ、こんな、忙しい時に…ッ!!」


鼻をつく腐敗臭が、一気に心拍を速めていく。吸血鬼でもあるまいし、あの化物共の血を吸った所でどうにかなる訳でもない。

まともな思考が出来なくなっているのは自分でも良く知っている。だが殺るしかない。

これだけ暴れられたら、治安維持部隊が先ず気付く。だから、ソイツらが来るまでの辛抱だ…。


「来いよ化物…、相手としたら最悪だがなァ!!」

「ここか…、源泉は」

「そして、…コレが終着点」


泥の海。その源泉が、この場所。

清らかで、溜まっているのが分かりにくいまでの透明度と、生の記録が残らない場所。異常なまでの酸性と、死体や粒子すら喰い尽くすバクテリア。

その泉の中央に積み上げられた封印柱に、色言では形容出来ない様な、不快で神々しい光が宿っている。


「あの柱を壊せば、…良いのか?」

「…一時的に泥厄海が開放されるけど、出来るよ」


世界の浄化、とも謳われた神話の厄災。それを使って、ヨナは贖罪を行おうとしている。

止めてはならない。

引き戻してはならない。

彼女が願い、彼女らが得られなかった幸福を得る為に。


「…お前は、…」

「…ん」


何故彼女だけ、不幸でなければならない。

何故彼女だけ、犠牲を産まなければならない。

それでも、反発は許されない。


「…、始めるか」

「―――――ッ」


真横に蹴り飛ばされる。遅れて聞こえる金属音に、脳が一瞬グラつく。

だが、もう敵となる者はいない筈だ。エスカはノヴァが止め、凛はサードが止めた。

だったら何だ?まさか…教会、か?


「―御明察、加瀬士」

「…今更、何しに来たの」

「ENFORCERが、お前を殺すのに手間取っているらしいからな。俺がこうして、早く逝かせてやろうと、な?」


聞いた事のある声音。

聞いた記憶のない口調。

そして、見覚えのある顔。


「凛…ッ」

「…どうやら、勘違いされているらしいな。俺をあんな特異型と一緒にするなよ、偽悪者(タレット)

「…製造番号L型201486号。L型調整対異戦闘特化機体」

「L型…?まさか、凛…」


満足げに一回転した後、泥厄海の封印柱を一瞥する。教会からしてみれば、あの泥は災厄ではなく浄化だった。

しかし封印柱そのモノに干渉をする事は、事実上不可能だ。アレは第5次元の物質。俺達じゃどうしようもない物体。

だからこそ、か。アレに対する思いではないのだろう。


「アレを外されたら、少し厄介でな。それも兼ねて、だ」


身体構造が少し特殊になっている。

本来ある筈のエーテル線、源の接続が無くなり、代わりになのかは判らないが、血管の数と心臓が増えている。右と左に1つずつ配置され、濾過効率と供給効率を同時に上昇させる仕組み、らしい。

良く言えば、クローン。悪く言えば――


「生物兵器か、お前」

「…驚いたな。人体構造まで読み取れるのか」

「それより、教会が俺を殺して良いのか?アレを外せるのは、俺か死体だけだ」

「殺しはしない。ただ――」


眼前で火花が散る。間一髪で、ヨナの鎖が間に合っていく。しかし、それでも鉄塊は足掻いている。

まるで、鉄塊が生きている様じゃないか――


「よく止められたな、JOKER」

「…生憎と、まだ役割を果たしてもらってない」

「お前の望みなんざ、…叶える意味すらねぇのさ」


鉄塊が全部壊れると同時に、鎖が全て弾け飛ぶ。片方に軍配を上げられる程の戦力差が存在していない。

アイツが武器を振るった所で、その全てが鎖によって弾かれるだろう。対してヨナが仕掛けた所で、先の一瞬を見れば対応可能と認識できる。


「教会からの最終通達だ。精々足掻いてみせろ」

「自分の心配、…忘れてるね」


赫雷と共に、夥しい数の鎖が天地から突き抜ける。雨雲を吹き飛ばし、最早言い表せない程の殺意しかない所業。

だが、それでも甘い。腕や背中、頭でさえも撃ち抜かれた筈なのに。まだ奴はこちらを見据えている。


「…なんだ。人様に化物化物って言ってるくせに本人が一番化物じみてるって、…笑えてくるね」

「俺は()()として化物って言ってるんだ。お前らみたいに否定して誤魔化す奴らよりよっぽどマシだな、俺は」


その言葉と同時に鎖が、ミキサーの様に回転する。内臓や血肉、骨に至るまで全てを擦り潰していく。

それでもまだ、奴は生きていた。いや、最早生死を問える状況ですらないが、その液体が人の形を再構築する。

こんなのは化物よりも質が悪い。どちらかと言えば亡霊の類だ。そもそも死んでいるのだから、その先に死は存在しない。


「…声で大体予測出来てたけど、女体なのか」

()()はクローンだからな。素体が女だから、それに引き摺られただけの事。何も難しくはない」

「理解出来るのが不愉快極まりないね」

「…お互い様だ」


クローン技術はホムンクルスではない。素体となる人間がいて、それから作れるのは同一存在だけだ。胚の成長過程も、根本的な性質も変えられない。

じゃあ何でアレ()は男性タイプなんだ?突然変異して男になるのはまだ分かる。それでも何で顔も同じに――


「あれ…、何で似ているなんて思うん、だ?」


よく見ても、いや、そんなに注目しなくても違う。凛の面影なんて殆どない。そう言えば声も違う。

つまり何だ?俺達は、まだ何か見落としているのか――?


「回路、外界途絶(フルオープン)――」

「…良いよ、貴方がその気なら」


周囲の影が、一点に集中する。暫定火力を受け切るには、残鎖の7割を使用するだろう。この重圧で、まさか概念系なんて事は絶対にない。

純粋な火力だけの単純な攻撃。それを受け切った後、その硬直でケリをつける。


「――ぇ?」


影が一直線に延びる。脳内の危険信号が、壊れたラジオの様に鳴り続ける。

アレに当たってはならない。

アレは視認出来ない。

その全てが他人事の様に思えてくる。


だって、他人事だもの。


「避けて加瀬さ――」


赤い鮮血。

赫い鮮血。

紅い鮮血。


血に塗れた彼は、

その血が誰のモノなのかよく知っている。

世界で二番目に、その血が誰のモノなのか、

よく知っている。

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