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貴女が悪役令嬢とおっしゃる方より貴女の方が悪役令嬢に見えますわ

作者: 笙野ひいろ

ご想像にお任せします


皆様御機嫌よう。わたくし、ボワソール伯爵家が娘のソフィアと申します。本日はわたくしのお茶会へようこそいらっしゃいました。わたくしは皆様を歓迎致しますわ。さあ、こちらにおいでになってお座りくださいな。


……あらチェイス男爵令嬢様、わたくしが『皆様』と言ったのは間違いではございませんわ。この場にいらっしゃることが出来ない方々への配慮ですのよ。いくらわたくしとチェイス男爵令嬢であるティファニー様の2人であったからといって、譲れるものではありませんわ。そもそもこのお茶会がわたくしとティファニー様のみになってしまったのは一体どなたの仕業か考えたことはあるのですか?

本日はわたくしがお話ししたいことがあってティファニー様をお呼びしたのよ。ですから、しばらくの間わたくしの話を聞いてくださる? もちろん、聞き流して貰って構いませんわ。




さて、お茶も入ったことですし、始めさせて頂きますわ。ティファニー様は3か月前のことを覚えておいででしょうか。貴女と貴女の婚約者であらせられるアレクサンダー殿下が引き起こしたことですから、忘れている訳ではありませんわよね。忘れていらっしゃるようでしたらもう一度思い出して頂きますわ。


あれはよく晴れた日でしたわ。わたくし達は急に王宮へ呼び出されましたの。内容は極秘で、しかし貴族家で学園に通っている者は集まれ、という書状は驚いたものですわ。なにせ、書かれていることが異常でしたもの。……あら、何故かお分かりになられない? 普通であれば、重要なことであれば学生であるわたくし達よりお父様達の方を呼び出すはずですもの。驚くのも当然ですわ。

そしてそこで何が起こるかというと、アレクサンダー殿下とトリステイア公爵令嬢であらせられるグラツィア様との婚約破棄ですもの。それもアレクサンダー殿下による一方的な宣言でしたわ。周りが囁きで満たされていたとき、殿下はこう仰ったわね。

「皆の者、よく聞け。今日をもって、私、アレクサンダーと毒婦グラツィアとの間に結ばれし婚約を破棄することとする。これは、王家の総意である。新たな婚約者はチェイス男爵令嬢であるティファニー嬢とする。ティファニー嬢が【聖女】と認定を受けたと報告された為、異論は認めん。分かったな。それでは今からは婚約パーティーとしよう。大いに楽しんでくれ」


正直な所、耳を疑いましたわ。だってあのグラツィア様がお相手でしたのよ。わたくしあの御方のような素晴らしい方は存じ上げませんわ。ですから殿下が『毒婦』と仰った意味が分かりませんでしたの。わたくし浅慮でしたわ。そこでしっかり考えていればそのあとの展開が予想できましたのに。


休日明けに学園に登校してわたくしが見たものは、グラツィア様が周りを殿下と側近の方々に囲まれ、責められているお姿でしたわ。周りをご自身より背の高い殿方に囲まれて、わたくしでしたら動揺してしまいますのに、グラツィア様は見事でしたわね。毅然として立っておられて、真摯にご自身の潔白を証明しようとしていましたわ。しかし殿下はそれをお信じなさらなかったわ。ワイアット様とディラン様にグラツィア様の排除をお命じなさったんだもの。そして2人もその命に異を唱えることなく従ったわ。グラツィア様は学園から、ひいてはこの国の社交界から追い出されてしまったのよ。


──まあ、ティファニー様はどうしてかお分かりになられない? 殿下の前から連れ出されただけなのにどうして、ですか。

そうですわね。ティファニー様は学園に入学されてからほとんどの時間を殿下達と過ごされてきましたから、ご存知ないのかもしれませんわね。

そもそも、グラツィア様は公爵家、ワイアット様とディラン様は伯爵家と子爵家の方ですわ。身分が高い方に対してあのような無体な扱いは許されるべきではありませんわ。貴女は殿下がお命じになったからいいのではないか、と思っていらっしゃるようですが、それは違いますわ。ワイアット様達は、殿下をお諌めしなければならなかったのです。いくら殿下であろうとも、グラツィア様にそのような行いをすればトリステイア公爵家が黙っていませんわ。それに、学園は平等、という規則もありますが、それとこれとも違います。このことは殿下とグラツィア様の間ではなく、王家とトリステイア公爵家との間の話ですもの。いくら殿下が仰ったことでもそれが真にはなりませんの。しかし、そのような行いをされたグラツィア様に誰が今後声をかけてくださるのでしょうか。





……あぁ、お茶が冷めてしまったわね。アンナ、新しいものと、それとお茶受けもお願いするわ。あらティファニー様、本日の茶会は今からが本番ですのよ。目新しい茶葉も多数用意させましたわ。急がなくてもまだ時間はありますのよ。


さて、わたくしはしがない伯爵家令嬢ですわ。グラツィア様や殿下とは身分が違いますの。でもね、そんなわたくしにも見えているものがあるのですわ。先程までは前置きですので、本日はわたくしが見えているものがあっているのかどうか、ティファニー様にお聞きしたいと思いますわ。


思えば、ティファニー様、貴方は入学当時から少し変わっておられたと思うのです。我が国は貴族制度が確立している国ですので、身分は絶対ですの。しかし、貴女は違いましたわね。下級貴族である男爵家のご出自にも関わらず、上級貴族の殿方に対してのあの振る舞いは見ていてハラハラさせられましたの。それに、男爵家がどうであるのかは知りませんが、少なくとも子爵家以上の貴族家は学園入学前に婚約者が決まっているのが普通ですわ。婚約者がいらっしゃる方々にあのようにお近づきになって大丈夫かと、貴女と同じ男爵家のご令嬢も仰っていらしたわ。


でも、貴女は最期まで変わりませんでしたわね。令嬢のご友人が離れていかれても貫き通すその心意気だけはお認めしますわ。でも、それだけですわね。わたくし、実は見ていましたの。貴女、殿方を誑かしていらしたのですね。

あぁ、言い訳はわたくしが話し終わった後にお聞きしますわ。その時に貴方に言うことがあれば、ですけれど。



貴女のせいとははっきりとは申し上げませんが、この1年で婚約破棄された令嬢は5人もおりますの。婚約期間は相手との相性をみるものですので、普通ですと1年に1組も破棄されませんのよ。それもそうですわ。わたくし達の年になって婚約破棄されましても、次の相手をお探しできる可能性が低くなりますわ。ですから、学園生で婚約者がいらっしゃる方々はもう結婚がほぼ決定されている方々がほとんどですの。それが今年は5件もですわ。おかしいと思いますわよね?


それでわたくし、わたくしが実際にこの目で見たことと、人から聞いたことを元に考えてみましたの。その結果が『貴女が誑かしていた』ということなのですわ。


貴女、今年の春に学園に編入されてきましたわよね。その最初の日に、わたくし貴女とお会いしているのです。覚えておいでですか?

その時、確か貴女は 「昨年男爵家に引き取られてきて、慣れない所もあるけれどよろしく」 というようなことを仰っていた気がします。貴族ではそういうこともありますから、わたくしは「そうですのね。では、これからよろしくお願いしますわ」とでもお返ししたように思いますの。貴女はわたくし以外にも話しかけていらしたようですけれど、きっと同じようなことを返されたのだと思いますわ。


わたくし達は貴女に対してごく普通の言葉を返したと思いますの。

そうでしょう?

初めてお会いした方に対して踏み込める所は少ないのです。ですからわたくし含め、皆様が同じような返答をしたのですわ。それを貴女は『他の令嬢が結託して自分を邪険にした』と勘違いなされたのです。そして、それを貴女は挨拶代わりに他の殿方に言いふらしたのはわたくしも知っていますわ。

貴女、殿方の方を向いていらっしゃるときとそうでないときで表情が全く異なっていらっしゃっるのね。どちらがどの表情か、ということはこの際置いておきますわ。貴女が一番よく分かっていらっしゃるものね。


その後もわたくし達は貴女がこの学園に馴染めるように、と気をかけてきたつもりですの。確かに多少は皆さん厳しいことを貴女に言ったのかもしれませんわ。しかし、耳障りな言葉を排除することは、今はよろしいかもしれませんが、卒業後はいけませんわ。社交界は純粋な者にはとても恐ろしいところですわ。貴女は平民から貴族になったのですから、その辺りの風当たりが強くなると思うのです。ですから、これくらいのことは聞き流して頂かないといけなかったのですわ。わたくし達が貴女に言ったことは、

「カーテシーがなっておりませんわ。こうするのです」

「茶器はこのように音を立てずに扱うものでしてよ」

といったような基本のことばかりですの。わたくし達はそれ以上のことは貴女に言ってはいませんわ。

貴女はグラツィア様が酷いことを仰った、と殿下に告発されたそうですが、証拠はあるのですか? 平民はどうかは知りませんが、ここは貴族の場ですもの。貴女の証言以外にも客観的に説明できるものが欲しいのですわ。そうでないと、男爵令嬢が公爵令嬢を糾弾することなど不可能に等しいのです。

貴女もこの学園で生活して、その事は分かっていたと思いますの。良いか悪いかは置いておいて、当然貴女はグラツィア様を追い落とすために証拠を集めようとした筈ですわ。しかしそれは一向にあつまらなかった。当然ですわね。貴女に厳しいことを言っていたのはグラツィア様ではなくわたくし達でしたもの。それに内容も貴族からしてみれば当たり前のことばかりですわ。だから貴女が誰に問うても貴女が思うような答えが帰ってこなかったのだと推測しますわ。


そこでお止めになられれば良かったものの、貴女は糾弾を実行なされ、結果、それは成功致しましたわね。普通ですと100%成功しない筈ですのに貴女はそれをなされた。何か勝算があった筈ですわ。わたくし、次にその事について考えてみましたの。


貴女がやったことは『自作自演』ですわね。例えば、あの日グラツィア様を糾弾した内容の一つ、『茶を故意にティファニー様にかけた』ことですわ。貴女は学園に入学されてから毎日のように殿下達と休み時間を共にしていましたわよね。もちろん茶を飲むような、昼食時や()()()()()()()()()()()サロンのときもそうでしたわ。対してグラツィア様は貴女とは反対の方向におられました。わたくし達が何回か婚約者である殿下の元に行かないのか、と問うたときにも、殿下の貴女との時間を邪魔したくないと、私はこれからの長い時を共に生きるのだから平気だと、そうお答えになったのですわ。ですから貴女の言うことは単なる言いがかりであって、真実とはほど遠いところにあるのです。………まあそれをいとも易々とご信用なされた殿下も殿下ですが。数あった証拠もこのようにきちんと考察を行ったときに、一体幾つが正当なものとなるのでしょうか。甚だ疑問でしかありませんわ。


そして、嘆かわしいことに貴女は殿下だけを誑かしていたのではないのですわ。まず手始めに殿下のご学友の方々。そして他国の王族まで。思えば、貴女の周りにいた男性の方々は尽く貴女に()()()()方だったのね。ご学友で留まって下さればまだ貴女にも可愛げがありましたわね。それを他国の方、それも王族にまで向けたと知ったときには驚きで眠れませんでしたわ。そもそも、貴女のやってきたことは全てわたくし達にとって下品なことですもの。殿下やそのご学友の方々は少し変わっていらっしゃるので存じ上げませんが、他国の王族となればそれを許容しろ、というのは国の矜恃としてもなりませんわ。それでも貴女の近くに侍っていたこと、何か御想像出来ますでしょうか。何となく想像は付きますが、貴女の顔色が悪くなっているということは自覚はおありなのですね。安心する限りです。恐らく貴女の考えている事通りにことは進んでいるはずです。


そうでしたわ。わたくし、今回の茶会の本当の目的を言い忘れていましたわ。最後になってしまって申し訳ないわ。わたくし、いいえ、わたくし達は貴女に別れを告げますわ。わたくしだけでなく、この国の殆どの貴族が去りますのよ。………あぁ、そんなに取り乱さないでくださいませ。貴女はこの国の国母となられる御方なのですから。何名か(私腹を肥やすことに目がない)貴族は残ることになっていますわ。ご安心くださいませ。


しかし、この後のこの国はどうなってしまうのでしょうか。最早他国ですが心配ですわ。なにせわたくし達の母国ですもの。貴女達の代で没国とならないよう、祈っておきますわ。

そうそう、この屋敷は貴女に差し上げますわ。まだ茶葉は残っていますもの。貴女に楽しんで頂きたいわ。最後の最期まで。



では、ごきげんよう。二度とお会いすることはありませんわ。

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] >さて、わたくしはしがない伯爵家令嬢ですわ。グラツィア様や殿下とは身分が違いますの。 殿下は「王族という身分」ですが、グラツィア様は「貴族」という同じ身分です。 また爵位は「身分」ではなく…
[良い点] 新鮮な視点で上手くテンプレに則っていて、文章も読みやすかったです! [気になる点] 巻き込まれる国民が一番気の毒かな笑
[一言] 領地毎、他国へ鞍替えするという意味でしょうか。そうすると王都のみ自国で、周りは全部他国になるとしたら中々壮絶な光景ですね。 こうなる前に国王は何か手を打てなかったのでしょうか。
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