ACT・4 蜥蜴とドードー
白兎の行き先をやんわり突き止めた眠り鼠と三月兎は、彼を追って森の中へ…えぇ、確かに彼は森へ入りました。随分前に。
今回は二人はさて置いて、白兎の様子を見てみましょう。
その頃白兎は自宅に居りました。何処かで失くしてしまった大切なものを探していた様です。
家中の引き出しという引き出しを全てひっくり返す勢いで探しているのにどうしても見つからない。一体何処で失くしてしまったのか。
彼にとって其れは命の次くらいには大切なものでした。
“ソレ”というのは古めかしい銀細工の懐中時計のこと。
時計は開いた蓋の内側に“Alice”と金字の彫りが装飾されており、刻む時はいつもあべこべ。
全くそんな、時計としての役割を果たしていない一見壊れたイカレ時計なのだが、彼にはとても大切なものだったのだ。
一頻り探し回り家にはないのだと諦めれば、道中に落としてきたのかもしれないと思い直し、来た道を再び戻ろうと考えた。
家を出ると、門柱の近くに2つの人影があった。近づいてみると其れはドードーと蜥蜴だった。
すらりとして貴族の様な身なりのいい男、赤い燕尾にシルクハット、持ち手に黄金の鳥の頭を模したステッキを携えたこちらは“ドードー”
勝手に町の権力者を名乗る義賊気取りの変わり者だ。
もう一人は健康的な褐色の肌によく映える白銀髪を靡かせて、短いスカートからは長い足、踵が攻撃的に尖ったピンヒールのブーツを履いた女性だ。屋外といえども人の家の門柱で煙草を蒸す横柄な態度のこちらは“蜥蜴”
「これはこれはお二人様、こんなところでお会いするなんて、何かありましたか?」
白兎が気さくな様子で声を掛けると、ドードーはにこやかにハットを手に持ち上げて挨拶を返した。
「これはこれは白兎様、ご機嫌よう…何か…そうですね、あったと云うよりは、これからあるかも知れない、とお伝えした方が正しいかも知れませんね…」
不穏な物言いに不敵な笑みを寄越したドードーに、彼もまた不敵な笑みでもって返した。
「これからあるかも知れない、とはまた随分と物騒ですね。一体何があると云うのでしょうか?
…それからそちらのレディ、我が家の敷地は禁煙です」
言われて蜥蜴は咥えていた煙草をつまみ取るとポイと足元へ放って靴の裏で躙り消した
「これで良い?」
白兎は門柱の前に黒い染みを付けた吸殻を冷ややかに見つめたまま
「ええ、有難う御座います」
「何がと云うのは詳しくは私も存じ上げないのですがね、赤の女王よりの御達しでして、まぁ“掃除屋”の彼女を連れていると云うのは、つまりそう云う事なのですよ」
相変わらずの胡散臭い笑顔を貼り付けたままのドードーがそう云うと、白兎も成程と察しがついた。
つまりこう云う事なのだ。
“掃除屋”とは蜥蜴の事なのだが、彼女は此の世界で唯一“役割を奪える存在”つまり“殺し屋”なのだ。しかし勝手に奪うことは出来無い。
赤の女王が指定した者からのみ役割を奪う事が出来るのだ。
役を奪われた者はどうなるのかと云うと、端的に云うと“その他の者”になる
“その他の者達”には顔や意志が無く、役割を持っていた者でさえその時の記憶すら消え去るのだ。
「一体誰の役職を奪うおつもりなのでしょうね、女王陛下は…」
白兎は静かに射る様な眼差しを二人へ向けた。ドードーは冷やかす様に笑って見せると
「ふふふ…ご安心下さい。貴方様は女王陛下の忠実な腹心。
此処へ来たのは、貴方がきちんとお役目を全うしているかを確認しに来たまでです。
私たちが用のあるのは貴方が“連れて来た”アリスの方ですよ。
けれど、どうやら此処にはいない様です。残念でしたが他を当たるとしましょう。
では、失礼…」
ドードーが礼をして去ると、蜥蜴もまた後を着いて消えた。
女王陛下がアリスを探している。
兎は足早に来た道を引き返した。
他のもの達に捕まる前に、彼女を“あちらの世界”へ返さなくては…
不思議な国の住人達は、果たしてそれぞれの“探し物”を見つける事が出来るのでしょうか…