ACT・3 双子のお喋り
帽子屋に急き立てられ、渋々白兎を探しに出ることになった眠り鼠と三月兎は、案の定心当たりなどあるはずもなく、まして真剣に探す気など毛頭ないと言った様子でダラダラと文句を零しながら道を歩いていた。
「なぁ鼠よぉ、白兎なんて此の広くて狭い箱庭でどうやって探すんだぁ?
何かいい案や心当たりはねぇのかよ」
「え、君本当に探す気で居たんですか?
…はぁ、お人好しですねぇ…
僕は今どこで暇を潰そうかと考えていたところですよ。
君ももう少し有意義な思考をすべきですね。」
ツンとして鼠が言うと、三月兎は少ししょんぼりした様子で
「けどよぉ、俺たちいつも帽子屋の旦那には世話になってるじゃねぇか、兎の1匹ぐらい探してやっても罰はあたらねぇんじゃねぇかなぁ?」
「……」
「……」
「…仕方無いなぁ。君がそこまで強請るのなら少しだけ付き合ってやらなくもない…」
「あぁ!やっぱりお前はいい奴だ!じゃあ少しだけ探して、見つからなかったら帰ろうぜ?」
「あぁ、そうしよう」
二人の話し合いが良いところに着地したところで、森の小道を少し行くと、ポッカリ開けた空き地に出た。
森の木々が其処だけ避けて生えた様な不自然に広がる円形の空き地には、中央に可愛らしい猫足の白いテーブルが1つと、揃いの椅子が2対置かれていた、椅子には其々、白と黒のゴシックドレスを纏った少女が二人、籠に山盛りのハート型のクッキーを挟んで向かい合って座っていた。
黒いドレスの少女が言った
「あら。お客さんかしら」
すると白いドレスの少女が答えた
「あら本当、お客さんね」
二人は双子の姉妹で、其々名前をトゥイードルディーとトゥイードルダムと言った。
黒い方がディー、白い方がダム
少女なのにまるで男の様な名前だけれど、二人は此れが役割なのだ。
「あぁ、お嬢さん方、お楽しみのところ申し訳ないですね、ちょっと伺いますけれど、この辺りで兎を見かけませんでした?」
鼠が丁寧に問うと、双子は顔を見合わせて
「兎なら直ぐ後ろに居るのに、彼は目が悪いのかしら」
「兎は直ぐ後ろにいるわね、きっと彼は目が悪いのね」
問う度二度返されるものだから苛々も倍になると言うもの。
鼠は“言われているよ”とでも言うように背後の兎を見上げたが、等の本人は全く理解出来ていない様子で見返してくるものだから、仕方なく鼠は続けた
「此の兎じゃなくて、時計を持った白兎を探してるんだけど」
「あぁ、あの人なら彼方に行ったわよ。でももう時計を持った白兎では無いわね。」
「そうね、あの人なら彼方に行ったけれど、もう時計を持った白兎では無いわね。」
双子は揃って森の奥を指差した
「もう違うって言うのはどう言うことでしょう??」
鼠の問に双子は億劫そうに一瞥を投げた。
ディーがダムに視線で合図すると、ダムはクッキーの山の中から銀色の懐中時計を引っ張り出した。
「時計が此処にあるから、彼はもう只の白兎って事よ、お馬鹿さん」
「時計が此処にあるんだもの、彼はもう只の白兎ね、お馬鹿さん」
「あぁ!成程な!!」
これまで後ろで黙っていた三月兎が頓狂な声を上げた。
鼠はさも鬱陶しそうにして
「ならさっさと追いかけましょう、用があるのは白兎の方で、時計なんて如何だって良いんですから」
「そうなのか?だってお前さっき時計を持った白兎を探してるって言わなかったっけ?」
三月兎に物を説明するのは何時も骨が折れる思いだと、溜息つきながら鼠は簡潔に説明した
「良いかい兎くん。僕は君とあの紳士を区別する為に敢えて彼の何時も持ち歩いている品を提示したのさ。それだけのこと。
帽子屋が探してるのは君じゃなくて賢い方の兎さんで、時計でも無い。
はい、分かったなら行くよ」
「あぁ~…うん?分かった!!」
「お嬢さん方はどうぞお喋りを続けてね。教えてくれてどうもありがとう。」
鼠は丁寧にお辞儀すると三月兎の服を引っ張って森の奥へ向かった。
「またなぁ~ディー!ダム~!」
三月兎は双子に手を振り去っていった。
残された双子は二人を見送ると、再び互いに向き直り
「おかしな人たちだったわね、ダム」
「本当、おかしな人たちね、ディー」
さて、テーブルの上に置き去りの此の時計を、後に皆が探し求めるなどとは露知らず…鼠と兎は白兎を追ってズンズン森を奥へ進んで行ったのでした。