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Alice〜Another Story~  作者: 三毛猫
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ACT・2 帽子屋のお茶会

 此れは猫と帽子屋が手を組む数日前のお話だ。





 ある日の昼下がり…何時もの様にどんよりとした冴えない箱庭の天気は、さして明るくも無ければ暗くも無い。


 毎日同じ事、同じ天気の繰り返しで、暑くも無ければ寒くも無い。



 帽子屋はそんな毎日の退屈凌ぎに、退屈な茶会を開くのが日課であった。

 退屈が退屈を呼び、今日も今日とて日もすがら、茶を啜りながら仲間たちの下らぬ談笑を横目にダラリと過ごしていた。


 「まったくお前さん達は毎日毎日、よくぞ飽きもせずにそうして居られるなぁ…」



 帽子屋の声に、楽しげに話していた二人はテーブル越しにそちらを向いた。


 寝ぼけた顔に大きな丸眼鏡、小さな体にそぐわぬ大振りの服の袖から出した指先でクッキーを頬張っているこちらは、男とも女ともつかない容姿だが“眠り鼠”と呼ばれていた。


 もう一人は威勢の良さそうな若い男で、いつも楽しそうに鼠を揶揄っていた。こちらは“三月兎”



 二人はいつも帽子屋の開く茶会に現れては仲が良いのか悪いのか、時に喧嘩や議論を投げ合いながら過ごすのが常であった。


 大概は取るに足らない下らぬ雑談の類いなのだが…帽子屋の言う通り、飽きもせずによく続くものである。

 鼠が応えた


 「貴方だって一緒じゃないですか。毎日毎日飽きもせずに茶会など催して。

 寧ろ付き合って差し上げてるんです。感謝して貰いたいぐらいですよ。」



 鼠はふんっと不機嫌そうにそっぽを向いた。次いで兎がこう言った


 「そうだぜ旦那?俺たちだって暇じゃあねぇ!議論すべき事は山とあるんだ。

 旦那が可哀想だからこうして来てやってるんだぜ?」


 帽子屋は咥えた煙草からぽこぽこと煙を吐いて呆れ顔に頬杖つきながら


 「はいはい、悪うござんしたねぇ。御来店有難うございますよ」


 と、吐き捨てた。



 彼の言葉に二人は満足そうに顔を見合わせると、再び下らぬ談笑に精を出した。


 その様子も何時もの事だなぁと呆れた様子で、自身も再び茶を啜った。


 すると、背後の茂みから何やらカサカサと音がする。


 猫か芋虫の野郎が冷やかしに来たんだろうか?それとも悪戯好きの陰気な双子か?


 どれをとっても面倒そうだと思えば、気付かぬ振りでやり過ごそうとして居ると、草叢を掻き分けて出て来たのは見知らぬ少女だった。



 「ぷは!やっと出て来れたよ〜、此処は一体…

あれ?人が居る。

 ねぇそこの方、少し尋ねたい事があるんだけれど」



 茂みから現れた少女は、フリルの可愛らしいエプロンドレスに、明るい緑青色のワンピースを着て、馬の尾の様に纏めた髪をレースのリボンで束ねていた。


 その出立を見て帽子屋は直ぐ様彼女が噂の“アリス”だと察した。

 さして興味も無かったが、丁度退屈していた所だ。

と、気紛れに彼女を引き入れた。




 「やぁ、可愛いお嬢さんいらっしゃい。ここは俺の領地でね、今丁度“特別”な茶会を開いていた所なんだ。良かったら君もどうだい?」


 庭先の茶会、たった二人の客をもてなすには余りに大仰なテーブルと数々のティーセットや山積みのお茶菓子。


 少女は多少訝しんだものの、空腹も手伝ってすんなりと誘いに乗った。



 「じゃあほんの少しだけ…」



 「どうぞどうぞ!」


 帽子屋は意気揚々として、彼女の背に手をやり急く様に案内した。


 長大なテーブルの端席に設えた豪奢な椅子を引いては彼女を座らせようと



 「此れはウチで1番高価な椅子さ、ささ、遠慮しないで?どうぞ座らせてやろう。俺は帽子屋と言います」


 彼なりのもてなしは慣れていない為かどうもぎこちない。


 「帽子屋さんなの?それにしては…

 貴方の帽子ってとっても愛着がありそうね」


 少女は彼のクタクタのハットに苦笑いしながら言葉を濁すと


 「けど、帽子屋っていうのは職業でしょう?貴方の名前は何ていうの?」


 「ここじゃあ役割が其の儘名前なんだよ。だから俺は只の帽子屋さ」



 すると奥席でヒソヒソ此方を窺って居た二人が声を上げた


 「旦那はマッドハッターだ!」

 「そうそう、貴方は“いかれ帽子屋”!そこ迄が貴方の役割!」


 帽子屋は余計な事ばかり云う友人達をジロリと睨むと


 「アレは私のほんの“知人”の類の者達でね、眼鏡が“眠り鼠”もう一方は“三月兎”さ


 まぁ下らぬ連中故覚える必要は無いよ」



 小煩い友人達を半ば乱暴に紹介した。奥で二人は文句を垂れて居る様だが、帽子屋は其れを遮る様に少女の前に憚って、無作法にもテーブルへ腰掛けると


 「今度は君の番だよ」


 と、クッキーを一欠片摘み食いして促した。


 「私はアリス。ねぇ私やっぱりお茶はいいや、早く兎さんを探さないといけないし」


 帽子屋は兎と聞いてしれっと三月兎を親指で雑に指したが、アリスは首を横に振って


 「違うあの人じゃ無い。白い兎よ、私の友達なの。彼はもっと大人で紳士なんだよ」


 「あぁ、アイツかい…」



 直ぐに見当の付いた帽子屋はつまらなそうに漏らした。ところがアリスは身を乗り出して


 「彼を知っているの?!何処にいるのかな?私彼の持ってる鍵が無いとお家に帰れないの…」



 今度は帽子屋の方がピクリと反応して


 「“鍵”?“お家”?」


 「…?ええ、そう。彼があっちの世界の鍵を持っていて…彼言っていたのよ、“鍵とアリスが居ないと彼方への扉が開かない”って


 なのに彼、“赤の女王が呼んでる”と言って慌てて何処かに消えちゃって…私、家族が心配しているだろうしもう帰らなくちゃいけないのに…」



 「へぇ…そうかい…」



 帽子屋は考えた。

 此の退屈な箱庭から逃げ出すには絶好の機会…此れを逃す手は無いと瞬時に画策して



 「なぁお嬢さん、いや、アリス。

 そう急くなよ。白兎は此処を通るよ」


 「本当?!」


 少女は目を輝かせ身を乗り出した



 「あぁ、本当さ、約束しているからね」


 勿論嘘である。


 「良かった…やっと彼に会えるんだね…それでいつ来るの?」


 「ん〜、近々」


 「近々??」


 「あぁ〜、今晩かな」


 「夜になるの??」


 「まぁ、もうじきさ」


 「もうじき…私、急いでるのに…」


 「……」


 帽子屋は彼女の鳶色の柔髪に乗った木の葉を手に取るとアリスの目の前に翳し、己のハットをくるりと手にして木の葉に被せた


 「さぁ、何が良いかな?」


 「??」


 ふわりと被せたハットを退くと木の葉の代わりに現れたのは色とりどりのマカロンだ。


 「わぁ!どうやったの?貴方手品師だったのね?其れとも魔法使い?」


 「おひとつ如何?」



 皿を差し出すと、アリスは「是非頂くね」と言いマカロンを摘んだ。

 帽子屋はその様子を満足気に眺めると皿を置いて


 「菓子には茶がいるね」


 そう言って今度は帽子を掌の上で何か出す様に上下に振っていると、中からティソーサー、カップ、スプーンがポロポロと溢れ出し、それぞれはお行儀良く手の上に重なった。

 アリスはその様子にも目を輝かせて


 「わぁ、不思議ね、ねぇその中は一体どうなっているのかしら」



 帽子屋はまだ何か出そうと帽子を振っている。


 「おや、ティーは何処に?」


 自分だけハットの中を覗き込んでから、中が気になるアリスの方をチラリと見ては


 「あぁ、引っかかっていたみたいだ」



 と言って、ハットを宙に放り投げると、舞い上がった被り口からティーポットがこぼれ落ちた。


 危ないっ!と手で顔覆うアリスを他所に、帽子屋は座った体勢のまま当たり前にポットをキャッチすると、熱々の紅茶を先程のカップに注ぎ入れた。

 遅れて舞い降りて来たハットはすっぽり帽子屋の頭に帰ってくると


 「さぁどうぞ召し上がれ?」



 「貴方って面白い人ね」


 アリスは大層ご機嫌に紅茶を飲んだ



 「そいつはどうも。此れはほんのサービスさ。君は僕の大事な“自由の扉”だからねぇ?


 …まぁ、もう聞こえないだろうけど…」



 紅茶を口にした途端、アリスは深い眠りの中…


 眠る彼女の頬を撫でながら


 「ぐっすりとお休みアリス。俺が良いと云う迄、決して目覚めちゃいけないよ…」



 そうして振り向きもせず、先程から静かに此方を窺って居る背後の二人に


 「お前達は白兎を此処へ連れて来い」


 と、冷たく言い放った。



 「旦那は全くひでぇ事しやがる…」


 「そうですよ、彼女は兎を探していただけなのに…」



 「お前達は其れだから…

 まぁ良いから行って来い。アリスが可哀想なら探してやれ」


 言われて鼠と兎は渋々庭を後にした。






 ー…とぼけた二人は一体どうやって白兎を探すつもりでしょうか?

 きっと何も考えていないに違いありません。

帽子屋の庭で眠らされたアリスは、深い深い夢のまた夢の中…どんな幻を見て居るのでしょうね…

 


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