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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第一章 ~毛野国の若王~
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第9話 カジバ

 闇夜に馬を飛ばし、三人は乙鋤の鍛冶場に辿り着いた。


「お頼み申し上げます。お頼み申し上げます」

 猿が、明かりの消えた乙鋤の館に向かって高らかに声を掲げた。


 木戸の隙間から明かりが漏れ出ると、

「こんな夜分に何方です」

 と内から女性の声がした。


「美杢様。和気様の家来、猿と申します。少し訳が御座いまして、形名様をお連れしました」


「分かりました。少しお待ち下され」


 明かりが木戸から遠ざかって行った。


 再び明かりが漏れ出ると、

「お入り下され」

 と、野太い男の声と共に、木戸が開かれた。


「乙鋤殿。お久しぶりです」

 形名はぺこりと頭を下げると、

「乙鋤殿。乙鋤殿」

 と、見る見る涙顔に変わった。


 形名は、腰に繋がれた拵えを外しすと、折れた剣を抜き、拵えを引っ繰り返して、中から折れた剣の先端を振り出した。


「父上の、父上の剣が」

 形名は鼻水を垂らして泣き出した。


「ほう。折れたか。其方の父上も、よく折りおってな。何度も、直せと、儂の所に剣を持ち込んだものだ」

 乙鋤は笑った。


「直せるの」

 形名は鼻水塗れで眼を輝かせた。


「その剣は、毛野の家に古より受け継がれた主の証。元の鋼は漢の代物だと池邉殿より伝え聞いた。直せるのだが、暫く時が掛かる」

 乙鋤は、二つと成った剣を手に取ってじっくり眺めた。


「遠い海の向こうには、焔に身を纏った不死の鳥が居ると言う。その鳥は命が尽き掛けると焔に飛び込んで自らを焼き焦がし、再び幼鳥となって焔と飛び出すと言う。剣も同じ様な物だ。何度も、何度も、蘇る。毛野の剣はそうやって代々受け継がれてきたのだ」

 乙鋤は形名に微笑みかけた。


(不死の鳥か)

 形名は思いを巡らした。


「だから、気持ち悪りいんだよ」

 ピリカは形名の頭を叩いた。


「なあ、なあ。乙鋤。岩壺だっけ。あの良い音の鳴る石塊」

 ピリカが乙鋤に向かって話し掛けた。


「こちらのお嬢様は」

 乙鋤が尋ねた。


「アペの姫。ピリカ様に御座ります」

 猿が答えた。


「言葉は悪いが、可愛らしい御姫様だ」

 乙鋤が言うと、

「五月蝿い」

 と、ピリカは舌を突き出した。


「そうだな。幾つか良い音の出る物を集めて有る。持って参ろう」


 乙鋤は奥へ行って木箱を持って来た。乙鋤が木箱を揺すると、逸れに合わせて、木箱の中から心地の良い音が響いた。


「早く、早く」

 ピリカが急かした。


 乙鋤が箱を開けると、中には五つの岩壺が入っていた。

「五年経つのか。池邉殿が亡くなってから」


 乙鋤は岩壺を見詰めると、

「岩壺の音は、魂を鎮める。池邉殿の命日に、音の良い物を一つ宛。坊ちゃまに渡す為に集めてきた」

 と、木箱を形名に手渡した。


 形名は箱から一つ宛。岩壺を取り出しては音を確かめ、五つ目が終わった所で、

「何れが良いかな」

 と、ピリカに眼を合わせた。


「分からん」

 ピリカは少し考え込むと、

「この岩壺。形名の親父の魂を鎮めているんだよな。駄目じゃないか、吾が貰っては」

 と答えた。


 形名も少し考えると、

「分かった。この岩壺は、二人の物だ。館に持って帰るから、好きな時に音を鳴らせば良い」

 と微笑んだ。


「それは良い考えね」

 奥でやり取りを眺めていた美杢が頷いた。


「さて、さて、皆様、御用は御済かね。これ以上の事は何も尋ねぬ。見るからに事情が有りそうなのでな。さあ、さあ、夜も深い、もう休むぞ」

 乙鋤が仕舞いにする頃、美杢は奥の寝床を整え終えていた。


「ピリカちゃんは私と一緒ね」

 美杢はピリカに微笑みかけた。


 すると突然、部屋に寝息が響いた。


 皆が寝息の方に眼を遣ると、形名はいつの間にか寝入っていた。


「猿殿はこちらへ」

 と乙鋤が声を掛けると、

「私はこちらで」

 と、猿は入り口の木戸の前に腰を掛け、直ぐ様寝息を立てた。


 戦士の寝方だ。多分、寝入っては居ない。もしやの為に猿は備えていた。

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