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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第73話 ステトステ

「あんさん、こん人等の知り合いでっか」


「おう。知ってるも何も、飛鳥の御客だ」


「あの盗品を捌いて居ったのが露見バレて潰したって店のでっか」


「本当に、あの日は酷ぇ目に遭ったぜ。盗品全部、持って行かれちまったんだからな。あれ、御嬢さん。あの簪。御買い上げでしたよね」


 捨が薄ら笑うと、与志古は懐に手を入れて金属製の棒を取り出し、捨の前で、軽やかに左右に振って、心地良い響きを奏でた。


「これの事。良い音色でしょ」


「何だ、与志古媛君。持って来て居ったのか」


「そうよ。お気に入りだもの。もし御家に置いて来て、御父様にでも見つかったら面倒じゃない」

 と言うと、与志古は、頭頂で髪の毛を二つの団子状に束ねた、頭上二髻ずじょうにけいの髪に簪を挿した。


「良い品ですな、御嬢さん。所で御代が未だなんですが」


「何言ってるの。盗品なんでしょ」


「儂等は盗人。それを売って、この娑婆しゃばしのいで居るんだ。なあ、すて

 捨は、海産物屋の店主、棄に向かって、汚れた並びの悪い歯を見せた。


「もう良い。与志古媛君。なあ店主、この熨斗鮑は銀粒幾つだ」

 鎌子は関わりたく無かった。捨にも棄にも、若雷丸と黒雷丸程では無いが、独特な禍々しさを感じ取って居た。


「では、三つで」

「高いよ」

「もう良い。与志古媛君。」


 鎌子は、袋から銀粒三つを取り出して棄に手渡すと、与志古の手を引いて、急ぎ足で店を出た。


「ねえ、如何したの、鎌子君」

 与志古は、繋がれた鎌子の手の温もりを感じて胸が高鳴った。


 鎌子は、無言で与志古の手を引き、通りを街の入口の方へと進んだ。


「ねえ、もうちょっと緩りと歩んでよ」

 与志古は、鎌子の手を強く握って引っ張った。


「済まぬ」

 鎌子は立ち止まった。


「ねえ、如何したの」


「あの二人は、人を殺めるのに、何の躊躇ためらいも無い様な奴等だ」


「海産物屋の店主も」


「そう。しかも、あそこの品も、全て、盗品だ」


「そうなの。それが分かって居るなら、銀粒何て払わなきゃ良かったじゃない」


たわけた事を。彼奴等には、決して、関わっては成らぬ」

 鎌子は、意図せず、声を荒げた。


「鎌子君」

 与志古は眼を潤ませ、地を見詰めて、

「嫌」

 と呟いた。


「済まぬ」

 鎌子は、自分自身が、何故、これ程迄に恐怖を感じているのか、不思議で成らなかった。鎌子は、元来、冷静で、年上の者にも臆する事無く、ややもすれば、見下して居る事すら有った。今まで、人間に恐怖など感じた事は無い。そんな彼が、蛇に睨まれた蛙の如く、恐怖に苛まれ、思考停止し、唯、逃げる事のみに意識が縛られて仕舞うのだ。鎌子を自棄の念が襲った。

「又、少し、気分が優れぬ様に成った。帰っても良いか」


 与志古は、鎌子の面から血の気が失せ、目が落ち窪み、頬がけて居るのに気が付いた。

「分かった。帰りましょ」


 今度は、与志古が鎌子の手を引いて、街の入口へと、鎌子の歩調に合わせて、緩りと通りを歩いた。二人の間に会話は無かった。


 街の入口から少し離れた所には、開けた野と一本の大きな樹木が有った。補は、その木に馬を結び付け、根元に座して寄り掛かって休んで居た。


 与志古は補を見付けると声を上げた。


「あら、御姫様。御早い御帰りで」

「鎌子君が疲れちゃったんだって」

「鎌子殿、如何なさいました」


 鎌子は無言で有った。補は俯いた儘の鎌子の様子を察して、

「この野は何故だか気持ちが良いです。御坊ちゃまと形名殿が御戻りに成る迄、緩りと待ちましょう」

 と言うと、太陽を眺め、日差しを顔に受けると、目を細めた。


「本当、気持ちが良い」

 与志古もそれに倣った。


・・・・・・・・・・・・・・・


 皆麿は蒲生と床を共にし、悦楽に堕ち、満ち足りた時を過ごして居る筈で有った。が、皆麿は、未だ温もりの残るしとねの上に裸で座し、項垂れて居た。


「初めてなれば、仕方無いわ。能く有る事よ」


 蒲生と再会した皆麿の入りは型通りに上手く行った。忍び読んだ物の本の指南通り、蒲生を引き寄せ、帯を解き、蒲生の温もりを肌で感じ、自らを奮い立たせた。しかし、そこ迄で有った。蒲生はその道の者。蒲生の方から腕を回された所で、皆麿はその艶やかな香りに包まれ、酔った。蒲生の指先から繰り出される手練手管の妙技に、皆麿の身体は繰り返し襲い来る、不随意な反射を抑えられ無いで居た。指南書などは役立たずだ。蒲生の唇が皆麿を更に強く奮い立たせると、皆麿は果てた。何もする前に。蒲生は呑込むと、皆麿を引き寄せ、耳元で、「うぶだったの」と囁き、唇で耳を軽くんだ。


 皆麿が身を起こし、褥に座して居たのは、この後の事で有った。


「帰るよ」

 賢者の時を過ごす皆麿には、情け無さと、恥ずかしさが入り交じり、居心地が悪かった。皆麿は、銀粒の入った袋を蒲生に手渡すと、中から御代を取って呉れる様に頼んだ。幾らでも良かった。


 皆麿は淫靡な路地を抜け、明るく賑わう雑踏の街中を、顔を伏せて、小走りに街の入口を目指した。

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