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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第63話 シュウホ

「あぁ、気持ち悪い。一月前と全く同じですな。ここで、貴方を置いて行けば、また、吾等を追って来るので有ろう」

 鎌子は家伝の祝詞を唱え、右手の人差し指と中指を立てて、与志古の前で十文字に空を斬った。


「そうよ。吾を置いて行けば、又、同じ事をすると思う。今度は死んじゃうかもね」


「まぁ、死ぬのは構わぬが、折角の三人旅が、前回同様、台無しにされるのは迷惑なのでな」


「何なの、鎌子君。私が死ぬのが構わないって、何よ。本当、酷い。本当に何なの。この前は、吾が叩かれて頬を腫らして居るのに、馬鹿にして笑って居るし」


「如何して与志古媛君は、吾等に付いて来たいのだ。家で大人しうして居れば良かろう」


「嫌。皆と行きたいよ。吾も、皆と一緒に、色々なものが観てみたいの。遣唐使。吾だって観てみたい。唐の人達がいっぱい乗って来るんでしょ。唐のきらびやかな装束を纏って船を降りて来る姿を想像すると、胸が弾むじゃない」


「能く見れば、其方、その出で立ちは何ぞ。気長足姫尊おきながたらしひめのみことの真似事で有られるか」


 与志古は、女性が穿く下裳したもと呼ばれるスカートの様な下衣したごろもでは無く、袴を身に着けて居た。気長足姫尊は、神功皇后のいみなで、男装して海を渡り、新羅、百済、高句麗を服属させた女将軍で有る。


「何よ。馬鹿にして。皆と一緒に出掛けるんだもの、下裳では付いて行け無いじゃない」


 飛鳥に向かった折、与志古は下裳を穿いて居た為、馬には横乗りと成り、手綱を補に任せ、補の歩みに合わせて緩りと進んだ。此度、与志古は馬に跨り、三人と共に、難波津に行く気で有ったのだ。


「その身形みなりで有れば馬にも跨れましょうが、馬は操れるのですか」


「大丈夫よ。補に教わったから」


「真に大丈夫ですか」


「大丈夫よ」

 与志古は自信有り気に、確りと、鎌子の瞳を見詰めた。


 鎌子は、ここで与志古を説き伏せ、置いて行っても、結局、飛鳥の時と同様、彼女が補を伴って難波に来る事を確信した。


「分かりました。与志古媛君が来ると申すので有れば、補にも御伴をお願い致しましょう」


 鎌子は、与志古が如何せん上手く馬に乗れやしない事も見越していた。遅れたり、逸れたりせぬ様に、与志古の御守として補を連れて行かねばと考えた。


「分かったわ。補を呼んで来る」

 与志古は、軽く飛び跳ねながら、小走りに宅へと入って行った。


「御話は纏まりましたか」

 暫くの間、後ろから、鎌子と与志古の遣り取りを伺って居た形名が、鎌子に話し掛けた。


「形名君の到着には気が付いて居りましたよ。そう。与志古媛君も難波に向かう事に」


「その様子ですね。与志古媛君だって、絶対に、難波津に行きたいに決まって居ますよ。遣唐使の到着何て、今度は何時観られる事やら。又、十七年後、何て事に成ったら観られるか如何か」


「女子の与志古媛君が、遣唐使を観たいとは思えぬのですがね」


「そんな事は有りませんよ。鎌子君」


 そんな会話を形名と鎌子がしていると、


「お待たせしました。御二人様」

 と皆麿が宅から出て来た。


「遅いですぞ」

 鎌子が軽く睨みつけると、


「いやぁ。もう、昨晩から大変で有った。国子様が与志古弟に吾等が難波に行く事を漏らしてしまったが故。弟が、連れて行け、連れて行けと、付いて回って五月蠅いので、形名君と鎌子君の了承が無ければ、連れては行けぬと申したのだ。そうしたら、朝からあの様な出で立ちで現れて、形名君は大丈夫だから、兎に角、鎌子君に認めされるの一点張り。話が決する迄、宅で伺って居った。済まぬ」

 皆麿は、顔の前で手刀を作ると、片目を瞑って頭を軽く下げた。


 空気は冷たかったが、空は抜ける様に青く、高く、東から射す陽が眩しかった。形名は期待を、鎌子は得体の知れぬ不安を、皆麿は煩悩を抱いて、与志古と補を言葉少なに待って居た。


「坊ちゃま、お待たせしました」

 三人が振り返ると、出立の支度を整えた補が、厩から手綱を引いて、皆麿と与志古の馬を連れて来た。


「お待たせ」

 その横には与志古が居た。


「何ですか、その身形は」

 鎌子は驚いた。与志古は、腰に剣を佩き、髪を真中で左右に分かち、耳の前で輪っかに束ねたみずらを結って居た。完全なる男装で有る。


「こうすれば、吾だって、男の人の仲間入りでしょ」


 鎌子と皆麿は頭を抱えて居たが、形名は興味深気にその姿に見入っていた。


 与志古は、手綱を掴むと、鐙に左足を掛け、右足で跳ね上がると、意気揚々と馬背の鞍に跨った。気長足姫尊も顔負けの勇ましさで有る。


 嗚於おおと三人は響動どよめいた。


 三人の歓声に気分を良くしたのか、与志古は、

「はっ」

 と馬の腹に軽く両の内踝うちくるぶしを合わせて馬を歩ませると、

「はい」

 と甲高い声を上げ、右手の鞭を撓らせて、馬の尻を打った。


 三人は驚いた。それは、馬を全速力で馳せる襲歩しゅうほの合図である。


 土埃を上げて走り行く馬は、与志古の悲鳴と共に車持宅の門を抜け、見る間に小さく成った。


「媛様」

 補が与志古を追って宅の門を駆け出て行った。

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