8:結婚式ってイベントなんだよね。・7
少しして顔を上げたお父様が側近だろう男性からお茶を受け取り、私の向かい側に腰を下ろした。尚アーセス様は私のソファーの背後に立っていらっしゃいます。
「蜂蜜、皿を下げたのか」
隣に立つ男性に声をかけるお父様は、男性を側近だと紹介してくれる。頭を下げた男性は低くて渋いいいお声で「はい、お嬢様が仰ったとおりに」と答えている。……うむ、この声を耳元で聞いていたら確実によく眠れそうだ。
「システィアーナ、蜂蜜をお茶に入れては折角の甘さが」
「そのまま食べるのはあまりお勧めしません。クッキーに入れて仄かに味を楽しむとかお茶に入れて味を楽しむ方が幅が広がりますよ」
「むっ……」
私の言い分に思う所があったのかお父様は渋々頷く。それからお茶を口にして一息ついた。
「その男はどうだ」
……何がですか。脈絡もなく話さないで下さい。
私が無言で居ると言葉が足りないと気付いたのかもう一度言い直す。
「そこのアーセスという騎士ならばシスティアーナの言う、なんだ……あー、ジンリキシャだったか? それに使えないか」
「お父様言い方。でも、そうですか。人力車の」
全くそんなつもりで見ていなかったので改めて彼を振り返る。物凄くガッチリした体型でなくても車夫さんは出来ることは前世の記憶でバッチリ。
とはいえ、確認は必要。
「馬車……つまり馬が牽くのではなく人の力で車を牽くつもりなのですが、アーセス様は駆け足は自信があります?」
「騎士として走り込みはかかせません」
ふむ。
「騎士の仕事が休日の時に練習してもらうことは可能ですか?」
「人を車に乗せて牽くことは初めてですが、やってみたいとは思います」
「では、よろしくお願いします。それでお父様、何故アーセス様をご紹介して頂きましたの? 騎士様は他にもいらっしゃるわけですよね?」
足が一番早いとか? 剣の腕が一番だとか? でも車夫をしてもらうに辺り、剣の腕前なんて関係ないよね。
「言わなかったか? お前の見合い相手の予定だったから、騎士だったことを思い出したんだ」
「……は?」
うっかり特大の猫を剥がしてしまいましたが、いやだってコレ、剥がれる案件だよね?
オトウサマ、アンタ、何をしれっと発言してるんだい? 初耳ですけど⁉︎
いや確かにお見合いのことは聞いたよ? アレで前世の記憶やら軽い口調の丸い光……の神様の記憶やらを思い出したからね⁉︎
でも、相手がこの人なんて言わなかったけど⁉︎
名前も何も知らなかったんだけど⁉︎
「だから、お前が断った見合い相手の一人がアーセス殿だからな」
「知りません」
「そうか、言ってなかったか」
いや、本人目の前にして、私が断ったとか暴露するの、止めてもらっていいですか? つか、更になんか暴露してませんでした?
見合い相手の一人とかなんとか!
見合いって一人じゃないの⁉︎ 何人も居るものなの⁉︎
いや確かに結婚相談所に勤務していた身としては、条件に合った相手を何人もピックアップしてお勧めしたけどさぁ……。それでだって、見合いは一人一人で何人も同時進行とか許さなかったよ⁉︎
会うことは同時進行でも、そこから具体的に話を進める相手は一人に絞ってもらってたからね⁉︎
えっ、それとは違うの?
……いやそれより、初耳情報が多くて脳内がパンクしそうなんだけど⁉︎
ちょっとさぁ……いくら騎士の知り合いが思い浮かばないからって、私が見合いすることを断った相手を呼びつけるって、どんな神経してるんだよ、オトウサマ。……後できっちりお母様に報告しておくことにしよう。
さておき。
き、気まずい。
お見合いを断った相手と一緒に仕事するって、めっちゃ気まずくない⁉︎
……いや、仕事だからプライベートなんぞ気にしていられないのは確かなんだけどさ。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




