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九州自動車道・肥後トンネルの犯罪  作者: にちりんシーガイア
第九章
9/9

幻の脱出経路

 城戸は、唐峰に連れられ、ネクスコ西日本の黄色いパトロール車に乗せてもらった。

 唐峰の運転で、八代インターから、九州道を南下する。

 南九州道との分岐点である、八代ジャンクションを過ぎ、大平山トンネルから二十三箇所のトンネルが連続する区間へと入った。

 大小さまざまなトンネルを抜け、明るくなったと思うと、また暗くなる。その繰り返しである。

 それを十三回繰り返し、車は登俣トンネルに突入した。長さは、八百五十メートル。とても短いトンネルである。

 その登俣トンネルを抜けた先に、再びトンネルの入り口は見えない。幾重にも連なる山々に、薄い白のグラデーションがかかっている。

 どうやら、十数個のトンネルを抜けるうちに、山の奥深くへといざなわれたようである。

 トンネルがない代わりに、緩いS字カーブが続く。

 そして、前方に、信号機が見えてきた。その奥にあるのが、肥後トンネルの入り口である。

 すると、進行方向左側の助手席に座っていた城戸は、左側に新たな車線が増えているのに気づいた。

 唐峰は、方向指示器ウインカーを出して、車を左に寄せ、停車させた。

 そこには、色褪せた僅かな赤色が残る、小さな小屋がある。壁は透明で、バス停の様である。

「これは、一体なんですか?」

 城戸が、尋ねた。

「バス停ですよ」

「バス停?しかし、さっきあなたは、肥後トンネルの手前に路線バスはないと言ったはずですし、私が、地図上で確認した際も確かにそうでした」

「正確に言えば、今はもう使われていない、地図上にもない、幻のバス停とでも言いましょうか」

 唐峰は、そう言って笑った。

「幻のバス停?」

「ええ、説明しましょう。ここは、鮎帰あゆがえりバス停です。二〇一七年まで、高速バス用のバス停として使われていました。しかし、このバス停に停まっていた高速バスが廃止されて、自動的にこのバス停も使われなくなったんです。その後は、ネクスコ西日本の管理用施設になったんです」

「管理用施設?」

「ええ、我々や交通機動隊が、道路の維持点検作業の際に使う施設です。といっても、ほとんど使われませんがね」

「それで、ここから抜け出すには、どうしたらいいんですか?」

 城戸が、急かすように尋ねた。

「私についてきてください」

 すると、唐峰は、バス停の小さな小屋の奥にある、地中へと続く階段に消えていった。

 城戸も、唐峰の後に続く。

 階段の奥には、薄暗い不気味な通路が続いていた。草が生い茂っていて、蜘蛛の巣も張っている。とても、歩きたいとは思えない通路である。

 きっと、廃止されてから、誰も手入れしていないのであろう。

 その通路は、九州道の本線を横切る。抜けてしまうと、開けた場所に出た。

 唐峰は、その開けた場所の奥にある、下へと下る道をさらに進んでいった。城戸も、それに続いて行く。

 すると今度は、一般の車も走る公道に出た。

「ここは、県道十七号坂本人吉線。一般道に出ましたよ」

 唐峰は、目を光らせて言う。

「しかし、あそこは関係者以外利用できないわけでしょう?」

 城戸は、まだ訳が分かっていないようである。

「まあ、本当はそうなんですが、使おうと思えば使えてしまうんです。あの通路に入るカギはありませんし、一般の人も入れてしまいます。特にあの時、作業員は、トンネル内に目を光らせてはいましたが、トンネルの外まで見ていた人間はいなかったでしょう。ですから、どさくさに紛れて下に潜ったんですよ。逆にこれ以外に、刑事さんが仰るような、九州道から抜け出す方法はありません」

「なるほど。これでやっと、事件が解決できます」

 城戸は、やっと状況を掴めた。彼は、直ぐに東京へと戻った。

 東京に着くとすぐ、菅原を尾行していた、山西と南条に合流した。

「警部。今菅原は、あのコンビニでバイトをしています。もうすぐ、終わるはずですが」

 南条が、城戸に説明する。

 彼の言う通り、一時間もするとバイトを終えた菅原が、コンビニから出てきた。

「署までご同行願います」

 城戸が、菅原に警察手帳を突きつけた。

「一体何なんです?」

「熊本県で起きた殺人事件について、お聞きしたい事があります」

「それは、球磨川の川原で起きた、県議会議員が殺された事件ですか?」

「ええ、その通りだ。君が事件に関与した可能性が高くなったんだ」

「刑事さん、残念ながらその事件なら、私にはアリバイがありますよ。その男が殺された時、自分は、肥後トンネルの手前で車に缶詰め状態でした。ですから、球磨川の川原になんか行けません」

「そのアリバイは、残念ながらもう通用しない。現在使われていない、鮎帰バス停を使えば、簡単に脱出できるんだ」

 菅原は、黙っていた。

「改めて質問するが、城野を殺したのは君かね?」

「ああ、そうだ。あの自分の権力と名誉のために、妻と子供を捨てた卑怯者を始末してやったのさ」

 菅原は、少し笑う。

「野川真理の指示でか?」

「俺が協力したんだよ。可哀そうな真理に、救いの手を差し伸べたんだ」

「殺人は、救いの手なんかじゃない!」

 城戸は、そう怒鳴りつけた。

「刑事さん、真理の悲しい過去を知っていてもそんなことが言えるんですか?」

「彼女の恨む人間を殺して、君は、幸せになれたのか?野川真理は、果たして幸せになったのだろうか?」

「──」

「あんたが、野川真理を苦しめたんだ」

「苦しめた──?」

「あんたは、彼女を説得して、犯行を阻止できたはずだ。君は、それどころか彼女に乗せられて罪を犯した。君は、その間違いに何故気付けなかったんだ?」

「俺には、真理の苦しみがよく分かったんだ」

 菅原は、そう訴えかけるように言う。

「それは、どういう意味かね?」

「俺も、母子家庭で育った。両親の夫婦関係が良くなくて、俺が物心つく前に離婚してしまった。母子家庭であることを理由に、いろんな辛いことに直面した。世間は、母子家庭で育った俺に冷たかったんだ!この恨みを、一体どこで晴らせばいいんだ?だが、真理に城野の殺害を依頼されて、俺は思ったんだ。これは屈辱を晴らすチャンスだと」

 城戸は、菅原の腕を引っ張り、覆面パトカーに連行していった。

 翌日になって、今度は、野川真理の自宅を訪ねた。

 インターホンを押すと、彼女は出て来た。

「野川真理さん、署までご同行願います」

 城戸が言うと、

「その必要はないわ」

 と、彼女は言う。

「菅原健司は、もうじき殺人罪で逮捕されるでしょう。そうなれば、彼が口を割って、あなたもどうせ逮捕だ」

「私が、一体何をしたっていうの?」

「君の母親の、野川早紀を殺害した容疑だ。いや、それだけじゃない。城野仁志に対する、殺人教唆きょうさ罪もだ」

「──」

 真理は、黙ったままである。

「認めるかね?」

「もう、健司は逮捕されるの?」

「今、取り調べの途中だ。だが、必ず逮捕する」

 城戸がそう答えると、彼女はすぐさま、

「そうよ、私がやったのよ!」

 と、声を上げた。

「君が殺したのは、実の親だ。何故、実の親なんかを殺したんだ?ためらいはなかったのか?」

「なかったわ。だってあの二人は、自分たちの都合で私を捨てた愚か者よ!」

「しかし、君とは違った」

 城戸がそう言うと、真理は、城戸の目をじっと見た。

「私とは、違う──?」

「ああ、そうだ。君の両親は、君を見捨てたかもしれない。だが、君の命だけは守ったんだ」

「命──」

「そうだ。本人の目の前で言う事でもないが、君の両親には、邪魔だと思っていた君を殺してしまう事も出来たはずだ。しかし、命だけは守る形で、施設に君を預けた。だが、君はどうだね?」

 真理の頬に、涙が走る。

「君は、簡単に両親を殺したんだ。そのことを一度でも考えなかったのかね?」

 城戸が言うと、真理はその場に泣き崩れた。

・この作品に登場する人物・団体等はフィクションであり、実際の人物・団体とは関係ありません。

・この作品に登場する情報は、2019年12月時点のものです。

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