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九州自動車道・肥後トンネルの犯罪  作者: にちりんシーガイア
第七章
7/9

アリバイ

 帰京してすぐ、野口真理が、いまもR大学に在籍していることはすぐに確認された。

 大学を通じて、彼女との連絡も取れたので、大学の近くにある喫茶店で会うことにした。

 約束の時間きっかりに、その野口真理は現れた。親の早紀に似て、少し色っぽいところがある。

「突然お呼びして、申し訳ありません」

 城戸は、一度立ち上がってそう挨拶した。彼女は、小さく頭を下げて腰掛ける。

「今日は、どんな用件で?」

 真理は、コーヒーを少し啜って、城戸に尋ねた。

「野川早紀さんという女性が、東京で殺害されました。そして、城野仁和という、熊本県議会議員の男が熊本県で殺害されました」

 彼は、男女の写真をそれぞれ真理に見せた。彼女は、写真を見た瞬間、無表情になった。

「はあ、このお二人が、どうかしましたか?」

「このお二人、あなたの肉親に当たる男女ですよね?」

「刑事さん、何を仰るのですか?」

 真理は、鼻で笑ってみせた。

「あなたは、長野県の安曇野にある、この城野という男の別荘で産まれたんです。出産に立ち会った産婦人科医が、その事実を認めていますが?」

「そんなことをいわれても、この二人は両親じゃありませんわ」

「では、あなたのご両親、今どうされていますかね?連絡はとれますか?」

 恍けている真理に少しイライラして、城戸は、きつく問い詰めた。

「刑事さんも、失礼な質問をするものね。人のプライバシーには、あまり立ち入らないでほしいわ」

「この東京で殺された女性の苗字は野川、そしてあなたの苗字も野川」

 城戸は、腹を立てる真理を気にせず、質問を続けた。

「だから、何なんです?野川なんて苗字の人間、いくらでもいると思いますわ」

「あなたは、まだ物心のつく前だったかもしれません、この野川早紀と言う女と、城野と言う男に捨てられて、松本の児童養護施設に預けられた子なんです」

「なぜ、そんなことがわかるのかしら?」

「これ、見て下さい。二十年前のカルテのコピーです。ここに、野川早紀、城野仁和の捺印なついんと、あなたの名前が確かにあります」

 城戸は、一枚の紙を見せながら、真理に語り掛ける。

「それでも、違うわ。こんな男と女、私の両親なんかじゃない!」

「じゃあ、あなたは何故そう思うんです?この男女が両親でないという根拠はあるんですか?」

 真理は、ずっと黙っていた。

「あなたが、この男女を両親と認めたくない理由はよくわかります。本人を前に申し上げにくいですが、この城野と言う男が、スキャンダルの発覚を恐れ、自分の権力と名誉を守るためにあなたを施設に預けたんです。でも、あなたは、この事実を知っているんじゃありませんか?」

 真理は、それでも沈黙を守る。しかし城戸は、彼女のわずかな変化を認めた。目に、何かが浮かんでいるのである。

「では、質問を変えます。十二月九日の早朝、そして同じ月の十日の午後三時、あなたは、どこで何をしていましたか?」

「刑事さん、もしかして、私のアリバイを調べているのかしら?」

「捜査に協力して頂けませんか?」

「別に協力はしますけど、私のアリバイを調べたって無意味ですよ?」

「あなたには、殺害の動機がある。動機を持つ方には、アリバイを尋ねる。それが、我々の仕事です」

「動機?」

「ええ、あなたには立派な動機があるんだ。物心つく前、勝手な理由で施設に預けられたあなたが、その実の両親を恨んでいたとしても、おかしくはない」

「──」

「我々にも教えることができないほど、後ろめたい事でもあるんですかね?」

 目線を逸らそうとする真理に、城戸は、力強い目線を浴びせた。

「わかったわ。九日なら、まだ家で寝てたわ。十日の午後三時に関しては、私は熊本にいましたわ」

「何ですって?」

 城戸は、思わずそうきき返した。

 きき返したのは、十日の午後三時、城野は、熊本で殺害されていたからである。

「熊本の、どこに居たんだ?」

「熊本から、鹿児島まで車で移動していた途中でした。レンタカーを借りて、ドライブしていたんです」

「それは、証明できますか?そのドライブは、君ひとりで言ったのかね?」

「いいえ、交際中の彼が居て、その彼と行きましたわ」

「その交際相手、氏名と住所を教えてくれるかな?」

 城戸は、メモを取るため手帳を取り出したが、真理は、

「ごめんなさいけど、彼にまで迷惑は掛けたくないわ。だって、彼は本当に事件と無関係なんですから」

 と、呆気なく断った。

「それじゃあ、君のアリバイを証明できなくなるけど、いいかね?このままだったら、君に殺人罪の嫌疑が掛かったままになるんだが──」

 真理は、それでも顔を俯かせたまま、口を開かない。

「君が本当に殺していないのなら、大人しく彼の名前を告げた方がいいと思うんだがね。何か、言ってまずい事でもあるのかね?」

「──わかったわ」

「ご協力ありがとうございます」

菅原健司すがわらけんじ、彼もこの大学に居るわ」

 城戸は、手帳にメモを取る。

「それで、十二月十日、熊本から鹿児島まで移動していたそうですが、どのルートを使ったんですかね?国道三号か、それとも九州道ですか?」

「高速で移動しました」

「午後三時頃、大体どのあたりに居たか覚えていますかね?」

 城戸は、ダメ元で質問したのだが、

「肥後トンネルの入り口の手前です」

 と、真理は答えてくれた。

「やけに正確ですね」

 城戸は、苦笑した。

「よく覚えていますわ。何故なら、私達は、そこで立ち往生の状態になりましたから」

「立ち往生?」

「ええ。肥後トンネルに、爆弾を仕掛けたという脅迫電話があったらしいですわ。まあ、結局爆弾はなかったんですけど、トンネル内の点検のために、通行が規制されていました」

「それは災難でしたね」

「ええ、もう大変でしたわ。高速道路の本線上で足止めを食らったので、ずっと車に座るより仕方がなかったんです」

 真理は、口々にそう文句を言った。

 城戸は、いったん真理と別れ、大学の事務局まで出向き、菅原健司と言う学生について教えてもらった。

 菅原に連絡を取ると、直ぐに会ってくれるという返事だったので、大学内にある喫茶店で落ち合った。

「警察が、私に何の用ですか?」

 まず、菅原がきいてきた。

「野川真理さんのことについてです」

「では、彼女が警察の厄介にでも?」

「いえ、まだそう決まったわけじゃありません。念のため、調べているんです」

「一体、何を調べているんですか?」

「十二月十日、午後三時のアリバイについてです。あなたは、野川さんと一緒だったようですけど、どこで何を?」

 菅原は、一瞬考えてから答えた。

「ああ、その日だったら、九州に居た日ですね。午後だから、熊本から鹿児島まで、レンタカーでドライブをしていた時じゃないかな」

「間違いなく、あなたは彼女といたわけですね?」

「ええ。その時のことは、忘れるはずがありません。大変でしたから」

「なんでも、爆弾騒ぎに巻き込まれたとか?」

「はい、その通りです。あれは、肥後トンネルでしたね。あのトンネルは、全長が長いから、入り口の手前に信号機が設置されているんです。その信号機が、赤く光っていたのを見つけたときは、もうびっくりしましたよ。それから、安全点検とかで、数時間の足止めです」

「その間、あなた方は高速道路の外に出ていたりしませんか?」

 城戸が、尋ねた。すると、菅原は笑った。

「いや、出ようにも出れません。近くにインターチェンジはないんです。肥後トンネルは、八代インターと人吉インターの間にあります。その二つのインターチェンジ間の距離は、三十八・五キロ。全国で一番長いと言われています。従って、歩いて移動できる距離に出入り口はありませんし、サービスエリアとかパーキングエリアもありません。高速バスのバス停さえあればなんとかなったかもしれませんが、それもないんです。皆、車の中に缶詰め状態でした」

 彼は、そう当時の状況を説明してくれた。

 城戸は、気になったので、警視庁に戻った後、九州道の八代インターと人吉インター間の地図を調べてみた。

 確かに、その二つのインターチェンジ間の距離は、他と比べて長い気がした。

 そんな三十八・五キロの間には、大小さまざまなトンネルが存在する。その中から、城戸は、肥後トンネルを見つけた。

 確かに、八代インターに戻るにしては、距離がありすぎる。その八代インターの手前に、坂本さかもとパーキングエリアがあるのだが、車から降りて徒歩で避難するには遠すぎる。高速道路のバス停も調べてみたが、周辺のバス停といえば、八代インターと人吉インターに併設されているものしかなかった。

 つまり、肥後トンネルの手前で足止めされてしまえば、高速道路の本線上から抜け出すことは不可能に近いという事だ。野川真理らが言った様に、車の中での缶詰め状態が余儀なくされる。

 しかし城戸は、もうひとつ面白いことに気付いた。

 肥後トンネルと、城野の殺害現場である球磨川の川原は、それほど距離が離れていないのだ。つまり、真理の証言によれば、彼女は、城野が殺害された時、つまり十二月十日の午後三時、現場近くに居たことになる。

 とはいっても、彼女に犯行は不可能だった。何故なら、肥後トンネルの手前で、立ち往生に陥っていた野川真理は、高速道路の本線上から抜け出して、球磨川の川原に姿を現すこと自体が不可能なのである。

 しかし城戸は、どうしても事件が起きたその時に、現場近くに居たことに疑問を抱いてしまう。

 彼は、頭を抱えて悩んだ。

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