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九州自動車道・肥後トンネルの犯罪  作者: にちりんシーガイア
第六章
6/9

長野県安曇野

 長野県の安曇野に到着した城戸らは、現地で長野県警の梶原かじわら警部と合流した。

「城戸警部が仰っていた住所に、今からご案内しましょう」

 そう言って、城戸達を覆面パトカーに乗せ、山の中をひたすら突き抜けていった。

 辺りは、ほとんど木や草が生い茂っていたのだが、所々にコテージ風の別荘らしき建物が点在していた。

 流れ去る景色を眺めていると、突然車は停まった。

「ここが、かつて城野と言う男が所有していた別荘ですよ」

 運転席に居る梶原が、後部座席の城戸の方を振り返って言う。

 目を凝らして表札を見てみると、城野とは違う名前が書かれてあった。彼は、東京を去る際にこの別荘を売って、他人の物になったのだから当然である。だから、これが城野のかつての別荘であることは、説明がなければわからない。

「それで、私達が調べたいのは、この別荘である女性が出産をしたと我々は見ているのですが、その時に立ち会った産婦人科医、あるいは助産師を何とか捜し出して話を聞きたいのです。この辺りに、産婦人科医院はありませんか?」

「山を下りると、何軒かあります。ここに、リストアップしておきました」

 梶原が、城戸に一枚の紙を渡した。その紙には、六件の産婦人科医院の名前と、住所が書かれていた。

「ここを、一軒一軒当たりたいのですが──」

「わかりました。今から向かいましょう」

 梶原は、大きくハンドルを切ってUターンし、来た道を今度は逆に走り抜けていった。

 生い茂る木々の景色は、やがて立ち並ぶ民家へと変わってきた。

 そこから、一軒ずつ産婦人科医院を訪ねては、野川早紀の顔写真を見せて聞き込んだ。

 彼らが、目的の医院を見つけ出したのは、最初の訪問から四軒目であった。

 小さな産婦人科医院で診療する、老眼の年老いた産婦人科医が、野川の出産に立ち会ったという。城戸らは、詳しく話を聞くことにする。

 城戸が尋ねると、医者はゆっくりとした口調で答えてくれた。

「これはもう、二十年前の話です。二十年も経ちましたし、もう時効でしょうからお話ししましょう」

「時効?」

「あれは、ちょうど梅雨つゆの真っ只中の時だったと思います。一本の電話が掛かってきて、それに出るなり、相手は、子供を妊娠したので診てほしいと言われました。この医院では、訪問診察流行っていますが、初診は必ずこの医院でする決まりでした」

「それで、断ったのですか?」

「ええ、断りましたよ。ここで受け入れてしまうと、他の患者さんとの不平等が生じますからね」

「それで、向こうは折れましたか?」

「それが、折れなかったんですよ。向こうは、更にこう言ってきました。診察料とは別にか円を払うことを約束するから、何としてでも来てほしい、とね」

「あなたはどう返事しました?」

「金を払われても困る、そう答えたんですが、相手はそれでも諦めませんでした。自分は、どうしても身籠っている子を産みたい。深い事情があって、人に知られることなく出産をしなければならないのだが、それでも産んであげたいんだと言うんです」

 医者は、目頭が熱くなっていた様子だった。

「それで、あなたは応じたわけですか?」

「私は、その言葉に感心しましたよ。恐らく、深い事情と言うのは、不倫の末に妊娠してしまったという事でしょう。今の世の中、不倫の末に妊娠したために、軽い気持ちで中絶をしてくれと言ってくる人が多いんですよ。それでも、その患者は、たとえ不倫で出来た子であっても産みたいと訴えるんです。もし、ここで私がこれ以上断ったら、彼女は、出産を諦めて中絶を選択するかもしれない。私は、そんな焦燥の様なものに駆られて、ついわかりましたと答えたんです」

「そして、その患者は無事に出産をした、という事ですね?」

「ええ、そうです。出産は、実に順調でしたよ。産まれたのは、元気な女の子です」

「その子の名前をお聞きしたいのですが──?」

 すると、医者は、

「ちょっと待って下さいね。当時のカルテを出しますから」

 と言って、奥の方に消えてしまった。

 直ぐに戻ってくると、一枚の紙を城戸に渡した。

「名前は、野川真理。先程もいましたが、出産時は母子ともに健康で、特に問題はありませんでした」

「この子は今、どうしているんですかね?丁度今年、二十歳を迎えたはずですが──」

 すると、医者は、少し悲しそうな表情に変わった。

「それが、わからないんですよ──」

「わからない?」

「ええ。出産後、数年が経つと、その子は施設に預けられて、両親はこの安曇野から姿を消したんです」

「どこの施設かわかりませんかね?」

 城戸は、身を乗り出すような姿勢で尋ねる。

「わかりますよ。気になって、私も一度訪れた事があります。松本まつもと市にある児童養護施設です。今はもういないでしょうけど、幼少期の彼女について、聞くことができるんじゃないですかね?」

 医者はそう言って、メモ帳を取り出してペンを滑らせた。

 そして、そのメモ用紙を一枚切り取って、城戸に手渡した。それには、医者の言う児童養護施設の住所が書いてあった。

「どうも、ありがとうございました」

 城戸は、そう言って、その医院を後にした。

 今度も梶原に運転を頼み、城戸らは、松本市にある児童養護施設へ急行した。

 その施設に到着し、受付で事情を説明すると、一人の保母がやって来てくれた。どうやらその保母が、野川真理の相手をよくしていたという。

 その保母は、城戸と向かい合って腰を下ろすなり、

「真理ちゃんが、何かしたんですか?」

 と、心配そうに質問してくる。

「いえ、まだそう決まったわけじゃありません。参考程度の捜査です」

 城戸は、保母の不安を煽らない様に、当たり障りのない言い方をした。

「その野川真理さんは、今どうしていますかね?」

 次に彼は、いきなり本題へと入った。

「今真理ちゃんは、上京して、R大学に通ってますよ」

「ほう、あのR大ですか──」

 R大学と言えば、誰もが認める難関の国立大学である。

「彼女の幼少期は、どの様でしたか?」

「まあそれは勉強熱心で、真面目で、とにかく優秀な子でした。本当にすごい努力家でしたよ」

「小中高は、地元の公立の学校に通っていたんですかね?」

「ええ、そうです。でも、それがねえ──」

 保母の顔が、急に険しくなった。

「それが、どうしたんですか?」

「小中高と、酷いいじめに遭ってたんです。心無い生徒が、親が居ないことを理由に、酷い言葉を浴びせたりで──」

「そうでしたか──」

「それでも、彼女は、いじめの件で思い詰めて学校に行かなくなったりとか、自殺を考えるとか、そういったところは全くありませんでした。彼女は、芯の強い子なんです。思い詰めるどころか、一生懸命勉強して、見返してやろうと思っていたようです」

「という事は、彼女を見捨てた肉親に関して、あまり良い感情を持っていなかったのでは?」

 城戸がそう質問すると、保母は、顔を俯かせた。

「まあ、それがいじめの原因でしたからね──」

「では、恨んでいた節があったと?」

「そういう節がなかったと言うと、嘘にはなります」

 保母は、口を重々しく開く。

「真理さんは、肉親が誰かわかっていたんですかね?」

「いえ、わからないと言っていました。物心ついた時には、もう肉親に捨てられていたと。ここに尋ねてこられたこともありません」

「最後に確認しますが、野川真理さんは、今もR大に通っているんですね?」

「ええ、そうだと思いますよ」

 城戸は、その保母に礼を言って養護施設を出ると、彼の携帯に着信があった。

 電話に出ると、相手は熊本に行っていた椎葉からだった。

「警部、熊本に到着して調べてみました。県議会では現在、殺人事件にまで発展するような、重大な法案は審議されていませんでした。従って、こちらの線は薄いようです」

「そうか、ご苦労さん。では、東京に帰ってくれないか?」

「わかりました。そちらの方は、いかがですか?」

「野川早紀の産んだ子の消息が分かったよ。今、R大に通う大学生だった。今から、本人に会って更に詳しく調べるつもりだ」

 城戸達も、帰京の途に就いた。

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