二十年前の秘密
結局、何の情報も得られずに捜査本部へと帰ることとなってしまった城戸だが、翌日になり、日ももうすぐ暮れるであろう時間帯に、彼は、再び歌舞伎町に居た。歌舞伎町の、野川早紀がかつて働いていたクラブの前である。
昨日の聞き込みの様子だと、これ以上ママに質問しても無意味であるように思われる。
そこで、彼は、他のホステスから情報を引き出そうと考えたのである。
十五年以上店で働いているかを、クラブに入っていく女に一人一人尋ねていく。
数人に尋ねていると、やった十五年以上店で働く女を捕まえることができた。
「こういう者なんだが、少しお話ししたい事があるんです」
城戸は、警察手帳を示しながら言った。
「警察の厄介になる事はやっていないわ」
女は、不愛想にそう言ったが。
「いえ、そういう事ではないんです。捜査への協力お願いしたいんです」
「わかったわ──」
彼女は、少し面倒くさそうだったが、近くの喫茶店で、城戸と話をしてくれることになった。
城戸は、本題に入る前に、改まった口調でこう言った。
「いいですか、ここで何を話したか、そもそもこうやって捜査に協力していただいていることは、決して口外しません。お約束します。ですから、あなたも私に本当のことを話すことを約束して頂きたいのです」
彼は、少し頭を下げた。
「わかったから、早く本題に入って頂戴」
女は、煙草に火を付けながら言った。
「この女性、知っていますね?」
城戸は、女の前に、野川の写る写真を差し出した。
「知ってるわ。今はいないけど、昔店で働いていた子よ」
「では、この男性はどうです?」
女は、城野の写真を一目見ると、城戸を、鋭い目つきで睨みつけた。
「本当に秘密にしてくれるんだよね?」
彼女は、そう念押ししてくる。
「もちろんです。ですから、正直に話してください」
「あの子とこの男は、できてたのよ」
「できてた?」
「それも、子供まで産んじゃって」
「つまり、不倫の関係にあったという事ですね?」
城戸が、確認するように問う。
「平たく言えば、そういう事ね。この男、早紀に相当惚れていたから」
「この野川早紀と言う女性ですが、店を辞めたのは、それが原因ですか?」
「それで間違いないと思うわ。この相手の男は、役人なの。所謂、霞が関のエリート官僚。そんな人に、不倫報道のスキャンダルが浮上してきたらどうなると思う?」
「つまり、男の方が店を辞めさせたと?」
「まあ、本人に確認したわけじゃないからわからないけど、間違ってないと思うわ。男が、バレない様に早紀を雲隠れさせたのよ」
「そう言えば、野川さんは、働いてもいないのにいい暮らしをしていましたね──」
「それは、あの男から金をもらってるのよ。口止め料みたいなもんね」
「不倫関係にあったのは、今からどのくらい前の話ですかね?」
「大体、二十年前ね。だから、早紀の産んだ子供も、もう二十歳になるはずだわ」
女は、煙草の煙をふかしながら言う。
「子供は、今も健在なんですか?」
「さあ、わからないわ。多分、どこかの施設に預けたんだと思うの。可哀そうに、その子供は、両親がどんな人が分からずに育ったね──」
彼女は、嘆くように言った。
「出産は、東京でしたんでしょうか?」
「さあ、立ち会ったわけでもないし、わからないわ。なんせ、不倫で出来た子だから、誰にもバレない様に出産したはずよ」
女は、そう言った後、
「警察が、何故早紀のことを調べているのか気になるんだけど」
と、言ってきた。
「野川早紀さんは、亡くなりました。何者かに殺害されたんです」
すると、彼女は、咥えていた煙草を急に口から離した。
「え、本当なの?」
「本当です。その事件の捜査で、あなたに協力を求めているんです」
「殺したのは、あの男だわ。不倫相手の男よ!きっと、早紀が、子どものことを喋るぞとでも男を脅したのよ。それで、口封じの為に男が──」
女は、興奮した口調で、城戸に訴えかける。
城戸は、そんな彼女を手で制した。
「落ち着いてください」
「刑事さんも、そうだと思わない?」
「実は、その不倫相手の男は、熊本で県議会議員をしている城野仁志という男ですが、彼も熊本で殺害されました」
「何ですって?」
女は、呆気にとられていた。
「それで、他に思い当たる人間を知りませんかね?早紀さんに恨みを持っていた人です」
「さあ、最近は会ってないから、よくわからないわ。それにしても、早紀が死んでしまったなんて信じられない。しかも、殺人事件だなんて──」
城戸は、東京と熊本でそれぞれ殺害された男女の重要な情報を捜査本部に持ち帰り、会議が開かれた。
冒頭に、彼が被害者同士の関係を説明した。
「二人が不倫関係にあったとして、城戸君は、この事件をどう見るかね?」
中本捜査一課長が、尋ねてきた。
「取り敢えず、犯人が誰かという事は置いておいて、今二十歳になるであろう、野川早紀の子供を見つけ出さなければならないと思っています。あるいは、その子供こそが、今回の事件の犯人であるかもしれません」
「ほう、そう思う理由は何かね?」
「その子供は、肉親である野川と城野を恨んでいてもおかしくないと思うのです」
「いや、恨んでいてもおかしくはないと思うがね、その子供にとって、今回の事件の被害者二人は肉親であることには違いない。肉親を殺すような、鬼みたいな人間が、この世にいるとは思えないな──」
中本が、眉をひそめる。
「野川と城野は、子どもが幼い時に施設へ預けたそうです。その子供にとって、直に触れ合うことがあまりなかった肉親は、他人のような存在だったと思うんです。それどころか、自分が幼い時に、彼女らの都合で教育の義務を放棄した、許すことのできない存在だった可能性はあると思うのです」
「では、君の言う通りだとして、その二十歳になる子供を見つけ出すことはできるかね?」
中本が、問い掛けてきた。
「簡単ではないと思います。城野にとって、妻以外の女が自分の子供を身籠っているなんて、絶対に知られてはいけません。なので、自分ガン上のなた、近所の産婦人科で診てもらうなんてことはしません」
「では、一体どんな方法をとるんだ?」
「例えば、城野が別荘を持っているとします。私なら、野川をその別荘で生活させ、その近くにある産婦人科医に極秘で出産に立ち会ってもらう。こういう方法が考えられます」
すると、山西が、
「城野は、長野県の安曇野にかつて一軒の別荘を所有していました。東京を出た際に、彼は別荘を売ってしまって、今は他の人が所有していることになっていますが」
と、報告してくれた。
「課長、その別荘ですよ。恐らく、妊娠が発覚して、野川は、安曇野の別荘で雲隠れするように命じられたはずです。そして、出産時には、近くの産婦人科医から助産師なんかを呼んで、子どもを産んだのでしょう」
「他に、考えられるケースはないかね?」
中本が、全体に声を掛けたところ、
「こういうケースも考えられると思うんです」
と、椎葉が言った。
「是非、聞かせてほしいね」
城戸が言うと、椎葉は、説明を始めた。
「今回の事件は、二十年前に、城野が、不倫相手との子を産んだという事実を揉み消すための犯行とも考えられると思うのです。つまり、城野のスキャンダルが発覚しては困る人物が犯人という事です」
「具体的に、説明してくれないか?」
「城野というのは、現職の熊本県議会議員です。例えば、熊本県議会において、何か重要な議案にいて争っていたとします。もちろん、城野と考えを同じくする議員もいたはずです。私は、その議員の中に犯人がいるのではないかと考えたのです」
「動機は何だ?」
「口封じです。その犯人の議員にとって、城野は危険な人物だったのではないでしょうか。もし、彼のスキャンダルが発覚すれば、城野の議員としての立場が危うくなるだけでなく、その重要な議案においても劣勢に立たされることを余儀なくされる。それを危険視した人物が、事が起きる前に手を打ったと考えたんです」
「なるほどね──」
城戸は、小さく肯いていた。
「それで城戸君は、この事件をどう見るべきと思うのかね?今、椎葉君から意見が出たが──」
中本が、城戸に問いかける。
「今の段階で断定するのは危険だと思います。なので、二つのケースを考えながら、捜査を進めていく方針です」
彼は、そう答えるなり、
「榛葉と小国は、熊本へ行って、先程椎葉の言った線で調べてくれ。他は、安曇野の城野の別荘があったところに行って、野川の出産に立ち会った医師を捜索する」
と、指示を出した。そして、中本に、
「熊本県警と長野県警に、捜査協力の要請をお願いできますか?」
と、尋ねた。
「わかった。私から連絡しておくよ」