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墓参り篇(墓参)

 敏彦は、不安を抱えながらも目的の西インターチェンジで降りた。降りた先には、田園風景が広がっていた。更に進むと、田園地帯と住宅地の縁とか境界線みたいなところが現れた。昔、恵と初雪で雪化粧したばかりの江別発電所を見に来た時は、こんなに住宅地が広がっていただろうか。そんなことを思いだしながら、発電所側の駐車場を探す。

 発電所側の駐車場は、直ぐ見つかり、車を駐車場に停めると皐に言う。

「着いたぞ。ここからは歩きになるが、少しだ」

 皐は、車から降りると、周りを見渡す。

「ここが、お母さんのお墓のあるところなんだ。開けたところだね。もっと山っぽいところにあるのかと思ってた」

 恵の墓が何処にあるか知らなかった皐は、墓はお寺の近くの山にあるとばかり思っていたようだが、札幌近郊の開拓時代からある墓地は、ほぼ平地にある。墓地は生活圏に近すぎてもいけないが、遠すぎてもいけない。札幌近郊の最初に開けた場所から、山裾に墓地を設け、そこに運んで埋葬するというのは、労苦が大きすぎるだろう。

「お前の母さんの一族は、北海道開拓期から居る生え抜きで、宅地化が進んでから開発された新興の墓地に眠ってるような新参者じゃないぞ」 

 それを聞いて、皐は、どれほど古くから住んでいるのか聞いてきた。

「お母さんの一族って、何時から北海道に居る?」

 そうか聞かれて、敏彦は恵から聞いた話を思い出す。

恵曰く、一族はいわゆる薩長閥の出で、開拓使でそれなりの地位にいたらしく、開拓史が廃止されると、まず札幌県庁に横滑りし、札幌県が廃止されて北海道になると、今度は北海道庁に横滑りしたそうだ。道内に電燈会社が続々設立されると、内地に戻るよりも、将来の電燈事業の発展を見越し、電燈会社への天下りを選択したらしい。

電燈会社も薩長閥出の役人を、役員にしておけば何かと役に立つと思い受け入れたらしい。木炭ガスをつかったガスエンジンで発電を行っていた時は、国有林や御料林の立木の払い下げに便宜を図らせるのに、薩長閥の威光を利用し、圧力をかけていたそうだ。事業拡大と発電電力の安定化のために木炭ガスによるガスエンジン発電から水力発電へ転換が図られた時は、木炭ガス発生用の木炭製造用の立木払い下げの時同様に、水利権の確保や発電所建設用地の払い下げに、便宜を図らせていたそうだ。

「北海道開拓使が置かれた頃から居る。開拓使から札幌県庁、北海道庁に横滑りをしていった薩長閥出の役人だ。ちなみに中央に戻らず、北海道の電燈会社に天下ったそうだ。電燈会社じゃ、道庁時代のコネやら、薩長閥なのをフル活用して、会社に便宜を図らせたそうだ」

 皐は、敏彦の話を聞いて、驚いていた。

 恵からこの話を聞かされた時は、とんでもない曾祖父さんだなと、苦笑いをするしかなかった。しかし、先見の明がある。子弟は全員、大学の工学部に入れて、天下った電燈会社の技師にしたそうだが、戦時中に電力事業が日本発送電と九配電会社体制になった際に、会社が解散してしまい、子弟は一介の技師になってしまったそうだ。しかし、日本発送電の解体に伴い発足した北海道電灯の技師に納まり、本店で発電や送配電部門の部長を張るだけの人間を輩出しているので、完全に落ちぶれたわけではないらしい。

 皐は、恵の一家がエリートの部類だと知って、敏彦の一家はどうなのかと聞いてきた。

「お父さんの一家は、何時から北海道に居るの?」

 赤池家は、田川家よりずっと遅れて北海道に来た後発組の上に、田川家のように薩長閥の流れをくんでいないので、甘い汁を吸えるような立ち位置には居なかった。

 代々医者の家系ではあるが、佐幕派の藩で藩医をしていたらしく、一時は没落していたらしい。曾祖父さんが、ある鉱山病院の医者として拾ってもらえていなければ、貧乏医者で終わっていただろう。鉱山病院の医者に拾ってもらえた理由は、未開の奥地過ぎて、誰も寄り付かなかったからだそうだ。赤池家の唯一の間違いは、祖父さんが鉱山病院を辞めて開業したことだろう。辞めていなければ、鉱山が閉山する時に、鉱山会社の財団法人で運営している病院に拾ってもらえただろうにと……

 父曰く、曾祖父さんは、鉱山病院の初代診療所長で、病院に改組された際に院長だったそうだから、祖父さんがそのまま残っていれば、診療科長かそれに準ずる地位で内地に行けたかもしれないのに勿体無い。

 墓参りに来ているのに、何時の間にか、田川家や赤池家のルーツや家業についての話になって、ここに来た目的から脱線してしまった。強引でも軌道修正しないと、目的を果たすのが遅くなってしまう。

「ここに来た目的を、忘れたのか?」

 皐に、無駄話してないで、墓参りに行くぞと暗に言う。

 車のトランクから、花と線香、水を卸し、皐に線香をもたせ、田川家の墓に向かう。田川家の墓のある通路を歩いていると、田川家の墓の前に夫婦と思しき二人組が居た。最初は誰か分からなかったが、近づくにつれ、夫婦の風貌や年齢からして、恵の両親の可能性が出てきた。忙しいという理由もあるが、バッティングしないようにお盆を避けたのに、恵の両親と出くわすとは、夢にも思わなかった。

 どんな顔をして会えばいい。退院したあの日以降も、とても会える精神状態だったという理由もあるが、会っていない恵の両親に……

 恵の両親に近づいた後も気づかれず、声を掛けて来ることもなければ、二人にとって、赤池敏彦はその程度の人物だったということだ。

 それとも、罵詈雑言と怨嗟の言葉をかけてくるのか、はたまた、恵の墓前に参りに来たことをすんなりと受け入れるのか。

 罵詈雑言や怨嗟の言葉を掛けられたら、それだけの事をしたのだから、甘んじて受け入れるしか無い。もし、恵に両親が、素直に墓参りに来たことを受け入れてくれたら、それはそれで嬉しい。果たして、恵の両親は……

 どんな結果でも受け入れる覚悟を決めて、歩みを進める。しかし、謎の同伴者は、軋轢や誤解を招いてしまうのではないだろうか?皐を木陰で待たしておいて、一人先に行くかと、考えた。

「皐、ここで少し待っててくれ。人と会わなきゃならん」

 皐は、敏彦の言葉を聞いて、敏彦が先程まで注視していた場所を見る。そこには、夫婦が居た。墓標には田川と掘られているように見えた。たぶん、お母さんのお父さんとお母さん、私のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだ。

 意味を察した皐は、即答した。

「うん、わかった。お墓の前にいる人達が帰った頃に、お母さんのお墓に向かえばいいんだよね?」

 すべてを語らずとも、皐は何をして欲しいのか理解していた。娘の物分りの良さに感謝しつつ、勇気を振り絞って前に進み、務めを果たしに行く。

 花と水を持ち、敏彦は、恵の眠る田川家の墓に近づいていく。心臓は早鐘のように鳴るが、立っているのが辛かったり、尋常ではない量の冷や汗をかくほどではない。皐と恵が赦しを与える前だったら、きっと尋常ではない冷や汗をかき、最後は卒倒していただろう。

 大丈夫だと言い聞かせながら、歩みを進め、田川家の墓前にたどり着くと、夫婦は帰り支度を終え、帰るところだった。

 会釈しようと思ったが、会釈するより先に婦人が声を掛けてきた。

「もしかして、赤池敏彦さんですか?」

 墓に近づいてくる男が誰であるか、おぼろげながらも解っているということは、赤池敏彦という男は、恵の両親にとって終わった男ではないと言うことになる。その言葉の続くのは、罵倒や呪詛の言葉か、それとも赦しか?

 次に出てくる言葉に帯びながら答える。

「はい、あの日、あの車を運転していた赤池敏彦です」

 あれだけのことをしておきながら、今日まで仏前にも墓前にも参っていなかったのだから、罵詈雑言や怨嗟の言葉をかけられると、腹をくくり、それを受け入れようとしたのだが、婦人の口から出た言葉は予期していたものとは違った。

「申し遅れました、田川恵の母です」

 目の前の夫婦は、予想通り田川恵の両親だった。恵の母親は、続けて言う。

「もう、大丈夫なんですか?事故の後、色々大変だったと聞いてますが?」

 退院した後に、恵の家に行った際に父親が恵の両親に、包み隠さず話したのだろう。本来なら本人が香華を手向け、詫びの一言でも言うべきところなのに、本人が同席していないというのは、無礼にも程があるのだから……

「何とか、持ち直しまして……」

 持ち直したというより、皐と恵の赦しを得て、自分で自分にかけた呪いを解いたというのが正確かもしれない。ともあれ、恵の眠る墓に参れるようになった。恵の両親の赦しを得られるとは、端から思ってはいない。

 突如、恵の父親が会話に参加してきた。恵の父親については、石炭火力畑一筋の石炭火力屋で、恵と付き合っていた時は、釧路に石炭火力発電所を新設するための調査所所長で単身赴任しており、顔も人となりも知らない未知の存在だった。

 恵の話では、江別発電所や本店火力発電部に所属している時以外は、奈井江、砂川、滝川の三つの石炭火力発電所のどこかに単身赴任しており、盆暮れ正月以外は顔を見たことがないと言う話だった。恵の死後、釧路に北海道電灯の石炭火力発電所は存在しないから、新設計画は無期延期か中止になったと言うことだろう。

 恵の父親は娘を突如奪われ、心血を注いでいたであろう釧路火力発電所の新設計画も頓挫し、公私共に絶望を味わったことになる。どんな言葉が出てくるのか想像できない。

 恵の父親が口にした言葉は、予想外だった。

「君が、敏彦君か。恵に会いに来てくれたのか、きっと恵も喜んでるよ」

 罵詈雑言や怨嗟の言葉を投げつけられても、文句を言えないことをしたのにもかかわらず、恵の父親が口にしたのは、墓参りに来てくれたから、恵が喜んでいるだった。これは、赦されているのだろうか?それとも赦すとか赦さないの域を超えて、達観したということなのだろうか?恵の父親には、罵詈雑言や怨嗟の言葉を投げつけられるとばかり思っていたので、予想外の言葉をかけられて拍子抜けした。

 どうして、そんな言葉をかけたのか、気になり尋ねようとする。

「恵のお父さん、あの日、僕が左折していれば……」

 だが、恵の父親が言おうとした言葉を遮る。

「数日前、恵が夢に出てきて、『私は、敏彦に赦しを与えて、呪いを解かせた。お父さんは敏彦を責め続けているの?』と言われた。責める気は毛頭ないが、どう接すれば良いのか分からないと言ったら、『儀式や手続きとしての、赦しを与えればいい』と言われた」

 恵の父親は、ごく最近体験したことに似ているようなことを言う。そして、こう続ける。

「赦す赦さないは相手が有ってのことだよ。自分ではケリが付いていても、相手がケリを付けられずに居るのなら、ケリを付けられるように必要な儀式や手続きをするだけのことだ。これで、納得してくれたかね?」

 恵に父親には、責める気など毛頭なかった。最初から最後まで、自分で自分に呪いをかけていただけだ。赦されるはずがないと……

 死者と悪魔のみならず、生者にも赦しを与えられたのだ。もう、復権して良いのだろう。

 恵の父親は、母親に言う。

「娘と彼氏の逢い引きを邪魔するのは、野暮も良いところだ。帰ろ」

 そう言って、恵の両親は、駐車場の方へと消えていった。

 娘と彼氏の逢い引きとは、言い得て妙だが、逢い引きには、普通は居ないはずの人物を引き連れているから、逢い引きと言えるのかは微妙である。

「もう、隠れなくて良いぞ」

 敏彦は皐に言う。そうすると、皐は隠れて木陰から出てきて、自分の母親の魂の器だったものが眠る墓の方に歩みを進めた。

 墓は直ぐそこで、掃除の方は、恵の両親が参っていたので、ほぼすることがない状態だった。やることと言えば、持ってきた花を花立てに分けて、生けることくらいだ。花を花立てに生け終わると、皐に持たせていた線香に火を付ける。火を付けた線香を、皐にも渡し、順に墓前に供え参る。

 敏彦は、ポケットからショートピースを取り出すと、口に咥えて火を付ける。に三度吸って火が安定したのを確認し、墓前に供える。

「恵、そっちじゃ、ショートピースは吸えないだろう。今日は缶ピースを持ってきたら、好きなだけ吸え」

 墓前に缶ピースを供えると、ショートピースの箱から、ショートピースを取り出し、火

を付け、敏彦もショートピースを吸う。フィルター付きの煙草を普段愛飲している人間に

は、両切りの煙草は効く。煙草を切らすと、お互いの煙草を吸いっこしていたのを思い出す。

恵が、ピース、それも両切りのショートピースを吸っているのを見た時は驚いた。煙草と

言えばフィルター付きと言う御時勢に、両切り煙草を吸っていたのだから。

 恵の父親が、逢い引きと言っていたが、確かに逢引きに違いない。生活費を仕送りに頼っていたので、遊びまわる程の金もなく、デートと言えば、喫茶店でコーヒーやソーダフロートを頼んで煙草を吸いながら、とりとめもないことを話すと言う貧乏デートだった。

 煙草を吸い終わると敏彦は、恵に父親が言っていたことが気になり、皐にそれとなく聞く。

「皐、夢に出るなんてことも出来るのか?」

 死者が生者の夢に出てくると言うのは、間々聞く話だが、生者の願望の産物か、本当に夢に出ることができるのかは、立証できまい。しかし、それが死者本人ではなく、死者を騙って現れた何かなら、それが出来うる人物を知っている。

 皐は顔色一つ変えずに、答える。

「お父さん、悪魔は万能じゃないからね」

 皐は、自分がやったとは言わないし、そういう事ができるのかについても否定も肯定もしない。前と同じだ。取引相手に手の内を明かす奴は、そうそう居まい。それに、悪魔は謎と秘密を持っていなければ、存在できないというのなら、暴く必要は無かろう。

 暴く必要がない謎や秘密を暴くのは野暮だろうと思い詮索を止め、ふと腕時計を見る。今から向かえば、昼飯とは言える時間には、終わりと始まりのあの場所に着けるだろう。

「皐、車に戻るぞ」

 敏彦は、皐に声をかけ、恵の魂の器っだたものが眠る墓に手を合わせ、車を停めている駐車場の方へと向かった。

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