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プロローグ

 皐が食べたいと言って、北京飯店に電話で注文していた皮蛋が出てくると、直ぐ様頬張った。

「皮蛋、美味しい」

 喜んでくれたのは良いのだが、北京飯店に向かう道中で皐に酒は飲むのかと敏彦が尋ねると、少しは飲むと言うので、乾杯するつもりでいた。

 順番がチグハグになってしまったが、老酒を二つのグラスに注ぎ、そのうちの一つを皐の目の前に置き、もう一つを自分の前に置く。

 敏彦がグラスを手にすると、皐も同じ様に手にする。皐がグラスを手にしたのを確認すると、敏彦が音頭を取る。

「木っ端船が陸地を見つけ、座礁できたことに」

 グラスを目の高さに上げながら、敏彦が言うと、皐がムッとした。

「お父さんは、お母さんと私にも赦されたんだから、座礁はないよ。何が良いかな」

 皐は、そお言いながら、あたりを見渡す。卓の上に置かれた煙草の箱に描かれた、ある動物を見て、これだと、乾杯を仕切り直す。

「彼者が遣わし白と黒の翼を持つ鳩が、赦しのオリーブの枝葉を与えたことに」

 敏彦は、なんだそりゃと思いつつも、グラスを目の高さに上げる。老酒を一口飲むと、卓にグラスを置く。

 卓の上を見ると、いつものクセでポケットから出した煙草が置かれていた。鳩にオリーブ枝葉はこれかと、ショートピースの箱を見て納得する。白と黒の翼を持つ鳩、赦しのオリーブの枝葉と、即興でよく考えつくと感心する。

「お父さん、食べないの?」

 皐は、卓に並べられた料理に手を付けない敏彦に声をかける。

「一寸、考え事をしてた。皮蛋に棒々鶏でも食うか」

 敏彦は、取り皿に皮蛋と棒々鶏を取りよそい、それをつまみながら、老酒を飲んでいると、料理がどんどん運ばれてくる。

 皐が食べたいと言って注文した炸鶏、酢豚、焼売、炒飯が運ばれてきたのに気がついた皐は、取り皿に残っていた皮蛋を一気に頬張った。皐は炸鶏を取り皿によそい、レモンをサッと絞ると、炸鶏を頬ぼる。

「お父さん、この炸鶏美味しね」

 皐が、頬張った炸鶏を食べ終わると、感想を言う。

「ここは、炸鶏と海老と卵炒めが美味いんだよ。炒飯なら炒飯と海鮮炒飯、麺類なら餡かけ固焼きそばだ。他のも美味いが、注文が多いのはこれだな」

 敏彦は、自分が食べたくて注文した海老と卵炒め、八宝菜、卵スープを取り皿等によそう。さらに、皐の方に置いてある炒飯と炸鶏を取り皿によそい、海老と卵炒め、八宝菜、炸鶏をつまみに、老酒をもう一杯飲む。

 仕事以外で、他人と飲み食いするのは何時以来だっただろうかと、敏彦は記憶を辿る。八帖二間、居間台所食堂の独居者には十分な広さのはずの教職員住宅で、本の下敷きになりかねない様な酷い生活をしているのを、父親に見咎められて、円山に父親名義の新築二階建ての家を建て時の地鎮祭と上棟式だったと思い出す。

 仕事以外で誰かと一緒に飲み食いするのは、こんなに楽しいものだったのかと、考えていると、皐が食べたいと言って注文した料理の大半を食べており、皐の思いもよらならい健啖家ぶりに驚いた。驚いてばかり居ると、食いそこねるので、食べたい物を急いで取り皿によそい、自分の分を確保する。

 皐は、敏彦の驚いた顔を見て、どうしたのだろうかと尋ねる。

「お父さん、どうしたの?」

「いや、何でもない。ところで、今週の土日は暇か?」

 敏彦は、皐の健啖家ぶりに驚いたとは言えず、誤魔化す。そして、週末暇かどうか尋ねる。

「暇だけど?」

 理由はわからないが、皐は暇であると、敏彦に答える。

「そうか。なら、恵の墓参りに行こう」

 皐の乾杯の音頭の文句ではないが、天使と悪魔の翼を持つ少女に赦しを与えられて、恵のことと向き合えるようになり、墓参りに行けるようになったのだから、早い方が良い。夏季休業前の試験期間にレポートを提出させるが、無駄に長く書くのが例年居るので、評価に時間がかかり、盆近くまで食い込むので、命日やお盆に墓参りに行くのは難しい。

 それに、恵の家族と出くわしたら、気まずい。退院後、恵の家の目の前まで行ったが、車中で失禁したのではないかというくらいの大量の冷や汗をかき、恵の家族に顔を合わすことを断念して、幾年月。今更、どの面を下げて会えば良いのか、わからない。

「急にどうして?」

 皐が、もっともなことを聞いてくる。

「八月は、期末レポートの評価に成績関係の事務仕事、学会の準備で忙しいから、今しかないんだよ」

 もっともらしい理由を並べる。実際に忙しいと言うのは事実だ。忙しいということよりも、八月に行けば必ず……

「うん、わかった。お父さんは、土曜日と日曜日のどっちが都合が良いの?」

 皐は、忙しいという敏彦の理由を納得し、敏彦の都合が良い日を聞いてきた。

 今週末であれば、土曜日、日曜日の両日ともに都合がつくので、どちらでも良いのだが、皐の都合を優先させたい。一人で行けば良いものに、皐を巻き込んでいるのだから……

「俺は、どっちでも良いぞ。皐に合わせるぞ」

 敏彦は、土曜日でも日曜日でも都合は良いが、皐の都合の良い日に合わせるぞと言う。

 皐は、手帳をめくり確認する。暇と言ってはいたが、はやり何かしらの用があるのだろうか、少し考えていた。

「土曜日と日曜日の両方都合がいいから、土曜日にお墓参りに行って、日曜日はどこか連れてってもらおうかな。お父さんは、どこに住んでるの?」

 皐は、土曜日に泊まりそうな事をほのめかす。そのあと、敏彦がどんなところに住んでいるのか、尋ねてくる。

「円山の近所の庭付き戸建。近所に、良い感じの喫茶店があって、良いところだ」

家の場所、周辺に何があるのかを、教える。戸建てに住むようになり、本の下敷きにはならないと言えるようにはなったが、教職員住宅時代と変わらず、本だらけだが……

「お父さん、土曜日泊まっても良いよね?」

 土曜日に墓参りに行って、日曜日はどこか連れて行ってもらおうかなと言う話を聞いた時に、これは土曜日に泊まるのかなと思ったが、本当に泊まる気でいるとは思わなかった。

 皐を泊まらせる部屋と寝具はあるが、男やもめの食事は、皐には想像を絶する物があるだろう。生野菜というものが食卓に上がった試しがない。そんな酷い食事で、皐を招きたくはないのだが、皐は泊まる気満々で居る。無下に断るわけにも、いかない。

「泊まってもいいけど、あまり期待するなよ」

 察してくださいと、メッセージを多くるが気がついてくれいるのか……

「土曜日のお昼は、皐が用意するよ。夜は、外食する予定でもあるの?日曜日の朝は、皐が用意するから、お昼は良い感じの喫茶店でお昼寝!」

 皐が食事を用意するという言葉を聞いて、あるトラウマが蘇り、ジワッと冷たい汗が背筋に流れる。

 皐は、敏彦の様子から何かを読み取ったのか、話題を変える。

「お父さん、料理が冷めちゃうから、食べよ?」

 食事をしているっ最中だったのを、思いだす。前菜の皮蛋と棒々鶏、炸鶏はほぼなくなり、焼売、炒飯、卵スープ、八宝菜、酢豚、海老と卵炒めは、残っているとは言え、半分以下になっていた。

 これなら残る心配は無いなと、胸をなでおろす。もし、ほとんど手を付けていなかったら、残りを減らそうと無理をし、翌日は胃もたれか胸焼けの憂き目に遭うところだ。

「皐、美味いか?」

 敏彦は、料理は美味いかと、皐に尋ねながら、取り皿によそった料理を食べる。

「うん、美味しいよ」

 ふと、皐の方を見ると、その食べ方は、食べていると言うより、口に吸い込まれるよな感じだった。咀嚼していないわけではないが、ガツガツさがなかった。

 そうこうしているうちに、料理がなくなり、杏仁豆腐が運ばれてきた。

「これを食ったら、お開きだな。ここからだと、タクシー代はどれくらいかかる?一万円もあれば、信号機に捕まったり、深夜割増が有っても、大丈夫だよな?」 

 敏彦は、そう言いながら、財布から一万円を取り出して、皐に渡す。渡された皐は、敏彦がどうやって帰るのかが気になっているので、尋ねる。

「お父さんは、どうやって帰るの?」

「運転代行で帰るから、心配するな」

「わかった」

 杏仁豆腐を食べ終えると、敏彦はグラスに老酒を注いで、皐の目の前に置く。

「宴もたけなわですが、そろそろお開きと相成ります。では、グラスを。乾杯」

 敏彦は、グラスを持ち、締めの乾杯をする。皐がグラスを持ち、目線の高さにしたのを見届けると、グラスの老酒を一気に飲み干す。

 店をで出ると、皐を店先で捕まえたタクシーに乗せると、敏彦は自分の車を止めてある運転代行業者がやっている駐車場に向かった。

 円山の自宅に向かう道中で、最低限の部屋の片付けをしないとなと、心地良い酔いは吹き飛び、青褪めていく……

月イチか月二で更新していく予定です

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