恭介は見た!
他にも連載しているものがあるので、作者ページから、見てくれると嬉しいです。
それは突然の事だった。
「キャ!」
「うわぁ!」
目を向けると、突風に煽られて、舞い上がってしまったスカートを必死で押さえているお姉さんと、バランスを崩し、こけてしまったお姉さんに、頭突きを食らうお兄さんがいた。
そして、僕は今日も、この平和な日常に感謝し、スカートが舞い上がってしまったお姉さんの、パンティに鎮座していたパンダを目に焼き付けて、上機嫌に会社へと向かうのだった。
頭突きをされたお兄さんの事は、パンダに比べれば、どうでもいいのだが、恰幅のいいお姉さんが、お兄さんを下敷きにしていたので、よく確認出来なかった。
これから、二人の間に、恋でも始まります様に! と労いの祝詞を送っておいた。
朝から好スタートを切った日は、だいたい終日ついていることが多い。
上機嫌でパンダ、パンダと口ずさみ、いつも通りの通勤路を、上機嫌に闊歩していると、道行く人々の視線が、少し痛かった。
少々音量調整が不味かったらしい。
失敗は誰にでもある。
こんな完璧なポジティブ人間でも、ちゃんと反省して、声量を下げる事を学習するのだ。
そんな自分にニヤニヤしながら、小声でパンダ、パンダと口ずさんでいると……。
「田中さん……大丈夫?」
いつのまにか横を歩いていた、同僚の斎藤さんに声を掛けられた。
「あ……斎藤さんじゃないですか! おはようございます」
「あ……おはようございます。なんか、顔が逝っちゃってたけど……大丈夫?」
斎藤さんは良い人で、常識人なのです。
きっと、僕の独り言も、にやけた顔も見てしまったのでしょう。
そんなシュールな同僚の事をスルーせず、声を掛けてくれる辺り、斎藤さんの人の良さが垣間見えるというものです。
「全然ダメっすよ……。斎藤さんに、こんな恥ずかしいところ見られてしまって、今日は最悪っす!」
「え? あ……なんかごめんね」
「ごめんで済むなら……まあ、いいっす。それよか、同僚なんすから、もっとフレンドリーな感じで良いんすよ? なんか、斎藤さんと僕の間に、心の距離を感じます」
「そう……だね。うん」
「……」
「……」
斎藤さんが、自己解決したように、黙ってしまう。
僕としては、この先に言いたい事があったんじゃないかと思うのだが、もしなければ、心の距離があったみたいに聞こえてしまう。
まったくもって、いつもいつも、斎藤さんは口数が少ない。
こんなことでは、ちゃんと気持ちは伝わらないと、僕は思うんです。
「斎藤さん! そんな中途半端なところで黙んないでくださいよ! これじゃ、心の距離があるみたいじゃないですか!」
「え? いやいや」
「いやいや、なんすか?」
「うん」
「うんじゃなーい! それ、心の距離、あるって言ってますよ!」
「……うん」
「……」
斎藤さんは、僕との間に、心の距離があったらしい。
初耳だし、悲しかったけど、今日はパンダが見れたから、きっと、心の距離があった事を知れたのは、良い事だったのだろう。
「なんだ、斎藤さん、そうだったんすか。それならそうと、言ってくれれば良かったのに」
「え? こういうのって、伝えるものじゃないでしょ」
斎藤さんは、さっきからずっと困惑気味で、見てるこっちがハラハラしてきます。
僕としては、こんな事で社会人が務まるのか、めっちゃ心配です。
「いやいや、そう思われてるって、わかってた方が、話しやすいじゃないですか。たぶん」
「そう……かな?」
「そうっす! だって、僕、今めっちゃ話しやすいっすもん。
なんか今まで、斎藤さんは、あんま話さない人だと思ってたっすけど、ただ、僕と合わなかっただけなんだってわかったら、心配してた事が解決するじゃないですか」
そうなのだ。心配していた僕はずっと損をしていたんだから、今、解決できて、とてもハッピーなのだ。
「え? 私、心配……されてたんだ」
「当たり前じゃないですか! 斎藤さんめっちゃ良い人じゃないですか。そんなの、当たり前っす!」
「良い人だから、心配してくれてたの?」
「そうっすよ? 良い人じゃなきゃ、心配しないっす。むしろ、死ね! っす」
「え? 死ね? そこまで?」
「そっす」
「なんか、過激だね」
「思ってるだけだから、そんな過激じゃないっすよ?」
「そう……だね」
「まったく……斎藤さん大丈夫っすか?」
「え? なんで? 私、心配されてるの? なんかダメだった?」
「全然っす」
「え? 何? どっち?」
「なにがっすか? 自分、馬鹿なんで、もっとわかりやすく言ってくれないと、わかんねっす!」
斎藤さんが、ついに、よくわからない事を言い出しました。
ダメに決まってるじゃないっすか。そんな事にも気づかないなんて、ここは、同僚の僕がガツンと言ってあげないといけませんね。
「斎藤さん。今日のパンティの柄はなんですか?」
「は?!」
「は?! じゃないっす。大事なことっす」
「いやいや、なんでそんなこと言わなきゃいけないの? 全然関係ないでしょ?」
斎藤さんは、わかってない。今日のパンティの柄が何なのか? それは、とっても重要なことだ。
「はぁ……」
「溜息をつきたいのは私だよ!」
「そうっすね。すいません」
「なにその面倒くさそうな感じ。なんか、とっても腹が立つんですけど」
「パンティの柄が、とっても大事だったってことっすよ」
「全然意味が分かんない。そして不快」
せっかく口下手な斎藤さんのために、旬のトレンドを取り入れた渾身の振りだったのに。
「さっき、突風あったじゃないっすか」
「急に、なに? なんか関係あるの?」
「大ありっす。その突風で、前を歩いていたお姉さんのスカートが舞って、パンダが居たんすよ。僕、パンダ好きなんで、嬉しくって……。
だから、斎藤さんのパンティの柄を教えて欲しかったんすよ」
「……ごめんなさい。まったく意味がわからない。結局どういうこと?」
「もー鈍いっすね! 僕は、良い人な斎藤さんが、困らないように心配していたって事じゃないですか!」
まったく、ここまで言わないとわからないなんて、斎藤さんも困った人だ。
「……ごめんなさい。誠意も意図も全く伝わってこないの。これ以上その話をしても、たぶん……理解できる自信はないわ」
「斎藤さんじゃ、そうっすよね……。なんか、すいません。難しくしちゃって」
「そうね、その解釈は、物凄く不満だけど……面倒だから、その謝罪で許してあげるわ」
なんで僕が許されなければいけないのだろうか?
やっぱり、斎藤さんはダメダメだな。
「なんか、怒ってます?」
「……別に」
「ものまねっすか?」
「違うわよ!」
「くっ……あははは! 斎藤さん、似てないっす!」
「だから、違うって言ってるでしょ!」
自分で振っておいて、怒り出すなんて、まったくもって扱いずらいのだけれど、だんだんと、斎藤さんとの距離が縮まっていくのを感じる。漫才の才能はなさそうだ。
でも、真っ赤になって否定している斎藤さんは、なんだか可愛い。
「斎藤さんって、可愛いかったんすね! 僕、三年も一緒に働いていましたけど、初めて知りましたよ」
「な……なんなの? いきなりそんな事言って、何のつもり?」
「え? 何のつもりもなにも、ただの日常会話ですけど」
「日常会話って……なにか、裏がありそうで怖いわ」
「ありますよ」
「……え?」
斎藤さんが怪訝な顔で固まる。
明らかに不快な表情を出してくる辺り、もう、心の距離はないだろう。
そろそろ、ギアを戻していかないと、ただの頭おかしい人になってしまう。
「まあ、ぶっちゃけ、斎藤さんが話しずらそうだったから、適当なこと言ってたんです。
話は戻りますけど、僕、結構真面目に、斎藤さんの事心配していたんですよ?
三年間一緒に働いてきましたけど、いつもつまらなそうにしてたじゃないっすか。女子グループの輪にいるときだって、ひきつった笑顔がいたたまれないというか……」
「なに……それ」
「でも、斎藤さん、僕なんかの事、心配して声かけてくれたじゃないっすか! だから、めっちゃ嬉しかったんすよ! だから、斎藤さんでも、楽しめるようなネタを探ってたんっす。でも、なんで今日みたいなときに声掛けてくれたんすか?」
「……だって」
「だって?」
「田中君だって、いつもつまらなそうにしてるじゃない! だから、いつにも増して、やばそうだったから、声掛けたのよ!」
「えー、そうだったんすか。ありがとうございます」
笑顔を作り、斎藤さんにお礼を言う。
「いっ……いえ……」
「あれ? なんか戻ってません? 心の距離を感じるっすよ?」
「そうなこと……ないよ」
「じゃあ、パンティの柄を教えてください」
「いや、もうその話はいいから」
「あはは! いいっすね! なんか楽しくなってきました。今日、仕事終わたら、遊び行きません? 飲みでもいいすよ」
「それ、誘ってるつもりなの?」
「いたって真面目に誘ってます! 一日くらいいいじゃないっすか! 同期なんだし。つまんなかったら、もう誘わないんで」
「え? なに? どういうこと?」
「だから、斎藤さんと遊んでみて、つまんなかったら、もう誘わないってことっす!」
斎藤さんは目をつぶり、何か考えるように眉間にしわを寄せた。
さっきみたいな適当こいた表現はしていないのだけど、どうしたもんか。
「ちょっとよく理解できないけど……おごってくれるなら、今日なら、いいわよ」
「じゃ、いいっす! いま、金ないんで」
「だったら、誘うな!」
そういうと、斎藤さんは、僕にボディブローをかまして先へ行ってしまった。
僕の恋は、まだまだ実らないらしい。
短編にしようと思っていましたが、連載にしました。
次の更新は、作者が血迷った時です。