幼なじみは言葉足らず
「お前、設定盛りすぎだろ……」
ただでさえ頭がパンクしそうなのに、伊生はこれほどまでかというくらい、さらに新事実を突きつけた。
「べつに、好きで盛るわけないでしょ」
俺の言葉に、伊生は不愉快な顔になる。
「ウチのバカオヤジが盛ったのよ」
伊生は舌打ちしながらそう言った。
「盛ったって……もしかしてアレか?」
父親に対して、あからさまな不快感を示す伊生を見て、俺は「もしかしたら」と思う。
「アレよ。半分」
「……あー、なるほど」
姉弟なのに同じ学年な理由が分かった。
「……けっこう会うのか?」
そこらへんは家庭の問題もあるので、深くは聞けない。俺は二人の関係を確認した。
「そりゃもう。学校じゃ話さないけどね」
たしかに伊生が学校で鷺沢くんと話しているのを見たことはない。
「もしかして、鷺沢くんの漫画好きって、お前の影響か?」
「ん、そうじゃない? たまにあいつの部屋に行く時、読み終わった漫画あげてるし」
「ふうん……ちょっと待て」
「何よ? 部屋の間取りは教えないわよ」
「図画工作1にそんなたいそうなこと求めねえよ。あげた漫画の中に、『連雀通りの雀原』ってあるか?」
「あー、あったかな。なぜかウチに二冊あったから、一冊あげちゃった」
「一冊は俺のだ!」
俺はかつて、伊生に貸したままにしてあった漫画を、自分のカバンから取り出す。鷺沢くんに「今」借りているものだった。
「あれ? そうだっけ?」
伊生は首をかしげる。
「お前さ、又貸しってレベルじゃねえぞ」
今の今まで忘れていた俺が言うのもあれだが、それでも伊生のした行いは最低極まりない。
「あはは、ごめんごめん! でもいいじゃん。あたしが貸した漫画をキッカケに歌音と友だちになって、こうして戻ってきたわけなんだからさ。それにあげたと言っても、すぐに取りにいけるしね」
いつものごとく、本来なら笑って済まされないことを、伊生は笑って流そうとする。聞く限りだと、伊生はよく鷺沢くんの家に遊びに行くらしい。
「それでさ」
伊生は俺に追撃させないように、別の話題を振った。
「歌音があたしをどう呼んでいるか知ってる?」
「お喋りシモネタ盗人女?」
「姉さん、よ」
俺のみぞおちに拳を打ち込み、伊生はしみじみと答える。
「状況を思えば、あたしは恨まれても仕方ない存在よ。でも歌音はあたしと出会った当初、姉と認識してくれたわ。……うれしかったわ」
「フォーリンラブか」
みぞおち部分をさすりながら、俺は弱々しい声で茶化す。
「そんなわけないでしょ。あたしはね、『弟』というよりも『妹』だと思っているくらいなんだから。どっちかといえばスールな関係よ」
「そうか……」
俺が思っているような、「血で血を洗う」ような感じでは無さそうでほっとした。
「で、マイマイ(あたしの妹)と付き合うの?」
「カタツムリみたいな言い方やめろ。まだ分からねえよ」
姉弟(姉妹)ということにはたしかに驚いた。だがそれとこれとはまた別問題いだ。
「あたしがお姉ちゃんになるのが嫌なの?」
「おえ!」
思わず俺はえずいてしまった。
「ふんっ!」
そこに伊生は本気で吐かせに来る。今度は紙一重でかわす。
「こんな『くだらねー会話』の中で結論を出したくないだけだ。お前が姉とか、そんなもんは関係ない」
「……ふっ、あんたならそう言うと思っていたわ。学校休んでもいいからちゃんと考えなさいよ」
「そのつもりだよ」
今日は金曜日。今から家に帰って土日挟めば十分考える時間はある。
「――あれ?」
ここで俺はあることを思い出す。ええっと、たしかこの話題が始まってからけっこう最初の方で……。
「あ」
完全に思い出した。
「漏らしたの?」
「なあ伊生。お前たしか鷺沢くん……『歌音』が俺を好きって言った時さ」
そこから先を聞くのはけっこう勇気がいる。だが、
「お前……『大きい』って言ったよな」「うん、言ったよ」
聞き間違えではなかった
「鷺沢くんと話していたけど……そんな大きくはなかったんだけど」
というか、大きいはずがない。
「あ、ごめん。それは完全に語弊があったわ」
「だ、だよなあ!」
「おっきいのは下だったわ」
ガチゴチに体が固まる。俺は口だけをなんとか動かした。
「み、見たことあるの?」
「偶然ね」
「そんな偶然あるわけ……」
「そりゃあるでしょ。『風呂に入ろうとドア開けたら、すでに誰かが入っていた』なんて経験、あんたにだってあるでしょ?」
「あー、たしかに何度か……」
妹にぶち殺されかけた過去を思い出す。あれ以来、俺は風呂場でノックする習慣をつけた。
「その時ちらっと見えたのよ。それだけよ」
「あーなるほど……いや待て待て!」
自然すぎて一瞬違和感に気づかなかった。俺は地雷原を進むかのように慎重に訊いた。
「鷺沢くん……お前んちで暮らしてんの?」
「言わなかったっけ?」
「言葉足らずか!」
「盛り」すぎて、もうてっぺんが見えなくなっていた。