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幼なじみとは話すだけ  作者: 元田 幸介
第二話題
6/9

幼なじみは事情通

「歌音、あんたのことが気になるんだってね」


 今日のおかずについて考えながら歩いていると、伊生は息するようにそう言った。

「……ふうん」

 頭の中が真っ白になる。気に……なる?

「なに、嬉しくないの?」

「確認しとくが、気になるっていうのはどういう意味での言葉だ?」

 こいつのことだ。叙述トリックの可能性は十分にある。

「気になるは気になるでしょ」

「はっきり言え」

「『好き』ってことでしょ」

「……恋愛感情って意味か?」

「そりゃそうでしょ。歌音、うっとりした目で言っていたもん」

「……へえ」

 やったあああ! などと喜び舞い上がるほど、俺は馬鹿じゃない。もう一ヶ月前の話だが、俺は見事に、こいつに騙されたからだ。

「疑ってんの?」

「どの口がほざきやがる」

「まだ根に持っているの? お互いさまでしょ」

「俺が騙したみたいな言い方するんじゃねえよ。とにかく、俺はお前のそういう話をもう信じん」

「疑り深いわねえ。人生損するわよ」

「……オオカミ少年の話、知っているか?」

「ああ、あれでしょ? 少年の言葉を信じなかったせいで、けっきょくはみんな狼に襲われたっていう話でしょ」

「なんで村人たちの方をディスってんだよ。嘘つきは救われねえって話だよ」

「心を引き締めろって意味で、嘘をついたと思うんだけど……」

 どこまで加害者びいきする気だこいつ……。

「あーもう分かったわ。じゃあ『仮定』の話でいいわ。ならいいでしょ?」

「ああ、それならいいぜ」

 暇つぶしだと思えば気が楽だ。俺は伊生のしょうもない「もしも話」に付き合ってやることにした。

「それで、気になるって言われて、どう思う?」

「そりゃ嬉しいよ」

 女子から好かれるなんて、たとえ仮の話でも嬉しくないわけがない。

「ふーん。で、付き合うの?」

「好みの相手ならな」

 だが、付き合うかどうかは別の話。選り好みできるほど良い男じゃないが、それでも付き合うなら好きになった相手がいい。

「歌音、大きいわよ」

 ピクリと耳が動いてしまった。

「へっへへ……体は正直ね……!」

「女騎士を襲うオークみたいな言い方すんな」

「最近のオークは優しいっていう風潮よ」

「知らねえよ」

 ……落ち着け、ただの「仮定」の話だ。俺は自分の中の欲望を押し殺す。

「で、付き合うの?」

「しつこいなお前……言っただろ。当分恋はいいって」

 失恋した後すぐに他の女子と付き合うなんて考えられない。俺は首を横にふった。

「もったいな。あんたを好きだなんて言う人、この先あんたの息子か娘くらいよ」

「それだと『俺の嫁』もじゃねえのか?」

「嫁は……いないわ」

「ああ、亡くなったっていう設定か」

「最低ね!」

「何もしてねえよ!」

 仮定の話とはいえ、いつの間にか俺が最悪な人間になっていた。というか、そもそもそんな男に娘を残していくわけがない。親権は間違いなく嫁側にあり、俺は慰謝料+養育費を渡すことになるだろう。

「いや、そんなマジメに考えられると……引くんですけど」

 自分から振った話題のくせに、伊生は俺の細かなシミュレーションにドン引きした。

「とにかく、そういうつもりはない。これでいいだろ」

 強引に俺は話をしめた。だが伊生は見合い相手をすすめてくる、近所のおばちゃんのごとく、迫ってくる。

「いや本当にいい子よ?」

「あーはいはい。そうだね」

 適当に受け流すも、妙なリアリティがあった。もしかして、本当なのか?

「一つ、訊かせろ」

 あえて仮定の話に乗ってやろう。俺は伊生に一つ尋ねた。

「なによ?」


「歌音って誰だ?」


 ありそうで中々ない、可愛らしい名前。だが俺はその名を学校内で聞いたことはなかった。

「は? 本気で言ってるの?」

 呆れたような顔になる伊生。それでも俺は知らなかった。

「あのなあ、俺は女子の名前をすべて把握しているわけじゃないんだよ。クラスだけでもかなり多いのに、学校全体なんか分かるわけねーだろ」

「――ちょっと待って……」

 眉間に手を当て、伊生は思案顔になる。そして、

「本気で、知らないの?」

 先ほどとは微妙にニュアンスが違う言い方だった。

「いやだから知らな――」

 と、言いかけて、俺の中にある一つの「仮定」が浮かんできた。


「もしかして……あの歌音か?」

「イエス」

 半信半疑が全疑に変わった瞬間だった。

「伊生……すげえつまらねえ」

 途中まで騙されそうになったが、タネが別ればあまりに陳腐な嘘だった。

「まあ、それなりには楽しめたよ。じゃあな」

「本気で知らないの?」

「しつけえな。もうお前が嘘ついたのは知っとるちゅーに――」


「同じクラスよ?」


「は?」

 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。

「いやだから、同じクラスよ。歌音。みんな知っているわよ?」

「……嘘だろ?」

 と、言ってみたがここでこんな「つまらない嘘」を言うとは思えなかった。

「ちょっと待て。確認する」

 俺はスマホを取り出し、アドレスから数少ない男のクラスメイト、鷺沢くんに電話した。

『もしもし?』

 すぐに鷺沢くんは電話に出てくれた。

「あ、鷺沢くん、一つ教えてほしいんだけど……」

「なんでも聞いてよ!」

 鷺沢くんは何か嬉しいことがあったのか、かなりテンションが高かった。

「えっとさ、同じクラスに……」

 伊生のことは伏せ、俺は鷺沢くんに確認を取った。

『うん。そうだよ! なんだよ今さら~!』

 照れくさそうに、鷺沢くんは答える。

「……いや、なんでもないんだ。ありがとう」

 俺は礼を言って電話を切った。


「どんだけ学校に興味ないの?」

「うっ……!」

 悔しいが、今回は伊生の言う通りだったようだ。

 アイドルにそこまで興味のない俺も、テレビとか見ていたら「歌音」の顔や名前をよく見かける。つまり歌音とはそれくらい有名なアイドル歌手だ。


 そんな有名人(詳しくは知らん)が自分と同じ学校……しかも同じクラスだなんて……俺は自分の無関心ぶりに恐怖を覚えた。


「まあ、芸能活動で忙しいから、めったに学校に来ないからねえ」

「もしかして、うちの学校ってそういうのに力入れているのか?」 

「さあ? でも少なくとも、あたしたちのクラスでは一人だけだと思うわよ。それで、どうするの?」

 ドヤ顔で伊生は俺に再び問いかける。

「いやどうするのって……『好き』は嘘だろ」

 伊生のことを疑ったのは悪かったが、そこは信じられん。というのも、だ。歌音の存在を知らなかった俺が好かれる理由がない……という至極単純な理由からだ。

「……あっ、もしかして、ネトゲか?」

「そんな偶然、アニメの中だけでしょ」

「じゃあ一目惚れか?」

「ぷっ! 惚れられるような顔だと思っているの?」

「じゃあ何だよ」

 一つずつ可能性を消していくことで、自分の首が締められているということは分かっていないらしい。俺は伊生がどこで「降参」するのか楽しみになってきた。



「そんなの、『よく話す』からに決まっているでしょ?」


「ん?」

 またもや矛盾に満ち溢れたセリフを口にする。伊生のこういう回りくどいところは苦手だ。

「ひどいわね。数少ない友達でしょ。さっきも話してたじゃない」

「数少ないって……俺の数少ない友達は……」


 ピタリと足が止まる。全身から汗という汗が湧き出てきた。

「おっ、その顔は……どうやらやっと気づいたようね」

「――嘘やろ」

 変な関西弁になってしまう。伊生はニヤリと笑みを浮かべ、衝撃的すぎる言葉を口にした。


「『アイドルの歌音』は……それはもう、超が百回ついても足りないくらい……可愛い可愛い…………『男の娘』よ」


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