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幼なじみとは話すだけ  作者: 元田 幸介
第一話題
4/9

幼なじみは謝罪する

 いつの間にか夜は明けているのが分かったのは、カーテンから差し込む陽の光ではなく、つけっぱなしだったテレビ画面に「ゲームオーバー」が表示されていたからだった。


「……顔洗お」

 あぐらをかいたままの姿勢で眠りに落ちたが、そこまで身体に疲れはなかった。俺は立ち上がり、階段を下りて洗面所に向かう。

「あ、おはよう兄貴」

 洗面所には先客がいた。妹はタオルで顔を拭きながら、俺にあいさつする。

「おはよう。部活はないのか?」

「あるよ。兄貴はどうしたの? 珍しく早いじゃん」

 妹のセリフで、俺はいつもより早起きしたことに気づいた。

「たまにはな」

 たまたま起きただけというのもカッコがつかないので、俺は曖昧な返事をした。

「ふうん。そーいえばさ、昨日伊生さん来たよ」

「……何しにだ?」

 目が覚める。俺は妹に詳細を尋ねた。

「『これどうぞ』って、ケーキ持ってきたんだ。まだ冷蔵庫、入ってるよ」

「いらねえから、俺の分も食べていいぞ」

「え、ほんと? ラッキー!」

 まさに棚からぼた餅。妹は歯を磨くのを中断し、台所へ向かっていった。

「姑息な真似しやがって……」

 あと少しで忘れそうになっていた思いがよみがえる。俺は苛立ちながら顔を洗った。


「行ってきます」

 メシを食っていつもより三十分早く家を出た。

「あ」

 理由は「顔を見たくないから」。だがどういうわけか、斜向かいの家から顔を見たくない相手が出てきた。

「お、おはよー……」

 とても気まずそうな顔をしながら、伊生は俺にあいさつする。

「……ああおはよう」

  狙った……というわけでもないのだろう。俺は一応あいさつを返し、そのまま歩き出す。伊生は遠慮するかと思ったが、普通に歩き出し、けっきょくいつもと同じように一緒に歩き出した。


「…………」

「…………」

 踏切が鳴る音、車の音、犬の鳴き声、近所の中学陸上部の掛け声……。普段なら聴き逃すような音や声が、はっきりと聞こえてくる。

「――あのさ」

 コンビニから流れてくる音楽に耳を傾けようとしたが、伊生の発した声により、聞き逃してしまった。

「この前のこと、なんだけどさ」

 伊生は俺の反応を待たず、気まずそうに訊いてきた。


「怒ってる?」「ぶっ!」

 思わず俺は吹き出してしまった。


「ちょっ、大丈夫?」

 突然吹き出した俺に、伊生は慌てた声を出す。

「お前、すげえな……」

 ここまで来ると逆に感心する。

「え、何よ突然……えへへ!」

 いきなり褒められ、伊生は顔を弛ませる。

「よくそんなこと聞けるな」

「へ?」

 伊生の顔から笑みが消える。逆に俺は笑みを作り、


「怒ってないわけ……ねーだろうが」


 穏やかな声だが、内心はふつふつと煮えたぎる気持ちだった。通算七回目の「マジギレ」だった。

「ちょっ、フェイント、ずるくない!?」 

「フェイントも何も……お前よくあんだけのことして、そういう態度取れるな?」

 怒りも呆れも通り越し、俺は本当に感心する。

「い、いやあれはその……あんたに『自慰指揮女』とか言われて、ムカついたからってのもあるけど……」

 この期に及んでまだネタに走りやがるかこの女……。

「だからちょっと仕返しに…………ごめんなさい」

 ここからどんな言い訳が出るかと思っていたら、意外なことに、伊生は俺の目の前に立って、深々と頭を下げた。その状態が一分近く続いた。 


「あー……もういいよ」

 謝られたからといって、すぐに許せるほど俺は人間ができちゃいない。だからといって、謝っている奴に、ずっと恨みつらみを言うほど、俺は人間終わっちゃいない。

「どっちにしろ、フラれたことに変わりはねーしな」

 そう、どちらにしろ「結果」は変わらない。だから俺は土日の間に色々考え、伊生が謝ればこれ以上は何も言わないと決めていた。

「いいなあ……」

 俺がそう言うと、伊生はぼそりとつぶやいた。 

「誤解すんなよ? お前に対しての『怒り』はあるからな?」

 最低でも、あと一週間は罪の意識に苛まれて欲しいというのが本音だ。

「うん、それは分かってるって。あたしが言っているのは……うん」

 歯切れが悪い。ガラにもなく、伊緒は本当に罪悪感を覚えているのだろうか。


「怒らないで聞いてね? ……吹っ切れた?」

「……ああ、だいぶな」

 この土日、俺は落ち物パズルゲームをずっとしていた。医学的根拠があるかどうかは知らないが、精神的ショックは和らいだ。

「はあ、いいなあ……吹っ切れて……」

「吹っ切れてって……ん?」

 皮肉で言っているかと思ったが、伊生の顔を見る限り違う感じがする。


「あたしなんてまだ全然よ……」

「全然って……ん?」

 伊生の言おうとしていることがよく分からない。

「いいな、吹っ切れて」ってことは……。

「……マジか」

 しばらく考え、俺は伊生の言いたいことがようやく理解できた。俺は伊生に確認を取った。

「……正解よ」

 伊生は観念したのかうなずいた。

「え、でも……知らなかったのか?」

「知ってたら、それをネタにあんたに嘘つくわけないでしょ。あたしが知ってたのは『彼氏がいる』ってことだけよ」

「あ、やっぱそこは知ってたんだな」

「あーもう、ホントきついわ……」

 あの時の伊生の態度がおかしかったのは、俺に嘘がバレたことに対する気まずさだけではなかった。

「人を呪わば穴二つだな」

「ええ、まったくその通りね……後悔してるわ……」

 伊生は本気で落ち込んでいた。だが同情はしなかった。


 あの日あの時、まったく予期しない形で、伊生は俺と同じように「失恋」していた。

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