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幼なじみとは話すだけ  作者: 元田 幸介
第一話題
3/9

幼なじみは走り出す

 べつに初恋というわけではない。初恋は幼稚園の時にすでに終わり、今まで何人も女の子に恋をしてきた。

 だからといってその恋をしている時は全力全開。そしてそれは今回の場合も同じだった。


 特別な理由はないがしいていうなら席が隣だったからだろう。俺は高校に入ってから今日まで、同じクラスの築島奈江(つくしまなえ)さんに特別な感情を抱いていた。


「あ、今年もよろしくー」

 二年になって初の登校日。俺は築島さんとまた席が近くになった。

 よろしく! 俺はぐっと握りこぶしを作って歓喜した。

 去年は色々とタイミングが悪く、けっきょく仲を縮められることはなかったが、今年は違う! 俺は今年中になんとしてでも彼女と恋人……まではいかなくても仲を深めたい! 俺は積極的に彼女に話しかけることにした。

 

 といっても相手は女子。下手な話題は逆効果。だから俺は世界共通、誰もが好きな「漫画」の話をすることにした。

 最初は世界で一番売れている漫画から、徐々にどこまでいけるかという「ライン」を探ることにした。

「ほんと? わたしもあの漫画好きなんだ!」

 すると意外なことに、築島さんはけっこうな漫画通で、世間じゃマイナーと言われている漫画を知っていた。

 ここが攻めどころ……! 俺はその日に古本屋に行き、その作者の別の漫画を全巻購入し、築島さんに貸すことにした。

「あ、ごめん。もう読んだことあるんだ」

 まあ、その作戦は失敗したが、俺は確実に築島さんとの距離が縮まっているのを感じ取った。

 そして今日、俺はさらなる一歩を踏み出さんと、昼食を一緒に食べないかと誘った。



「あー、それであんたの下心を感じ取られたのね。ご愁傷様」

 そこまで聞いた伊生は、俺に合掌した。

「茶化すんじゃねえ築島さんはこう言ったんだよ……」

 奥歯を噛みしめ、俺は自らに自覚させるかのように、あの時築島さんが言ったセリフを頭に浮かべた。


「彼と食べるから、ごめん」


 たった一言。シンプルかつ的確な「お断り」だった。


 その後のことで覚えているのは、妹の作った唐揚げがひどく辛かったことだけだった。昼休みの終わりを告げるチャイムによって、俺は恋が終わったことに気づいた。


「――つーわけだ。満足したか」

 一気に説明を終え、だいぶスッキリした。これではっきり吹っ切れる……。俺は築島さんとの思い出を胸の奥にしまいこみ、また明日から普通に築島さんに接しようと決めた。

「…………」

「ん、なんだよ?」

 どうせ茶化しに来るに決まっている。そう思っていたが、伊生は何も言い返そうとしなかった。

「うーん、あのさ……」

 ようやく伊生は口を開く。よっしゃこいっ! 俺はぐっと腹に力を込め、罵詈雑言に対する覚悟を決めた。


「普通、言うかなあ?」

 

「何をだよ……?」

「だから……ま、いっか。あたしには関係ないし」

「ちょっ、思わせぶりなこと言うのやめろよ。はっきり言えよ」

 もしかして、俺の知らない何かがあるのか? 俺はゴクリとつばを飲み込み、伊生の言葉の先を聞こうとした。

「あー、だから……仕方ないなあ」

 伊生は根負けし、スマホを取り出した。

「……あ、もしもし?」

 画面をタッチして、伊生は耳元にスマホを当てる。誰かに電話を始めたようだ。

「ちょっと訊きたいんだけ……うん……そうそう……」

 小声で何を言っているのか上手く聞き取れない。しばらくして伊生はお礼を言って通話をやめた。

「誰に電話したんだ?」

「奈江に」

「……は?」

 全身から汗がわきでてくる。

「い、いったい何を……!」

「『奈江、あんた彼氏いるの?』って」

「やめてくれよおお!」

 周りに誰かいるかなんて関係なく、俺は叫んだ。

「こ。このドS女め……! 死体に塩塗って鉄板の上で焼くようなことしやがって!」

「最大限に利用してると思うけど?」

「こ、言葉の綾だ! とにかく、なーんでお前はそういうことを平然とできんのよ?」

 せっかく覚悟を決めようかと思っていたのに、一気に台無しになった。俺は耳を塞ぎ、伊生から発せられる声を遮断しようとした。が、時すでに遅し。伊生は音速で俺に言った。


「奈江、彼氏いないわよ」


 人間、あまりにショッキングな言葉を聞くと、自動的に脳にジャミングがかかるようになっている。そのことを俺は身をもって知った。

「あの、君島さん……もう一度お願いできる?」

「彼氏、いないわよ」

 今度ははっきりと聞き取れた。俺は唖然となった。

「いやだって……彼と食べるってちゃんと……」

 と、そこで俺の頭にある仮説が浮かんだ。俺はおそるおそる、伊生に確認を取った。

「聞き間違え?」「その通りよ」

 伊生は即答し、補足説明をした。

「昼休みに誰とご飯を食べたのって訊いたら、奈江はこう答えたわ。『花蓮と食べたけど』って」

「花蓮……?」

「あんたの隣の席の子でしょうが。双山花蓮」

「そういやそういう名前だったような……えぇ、でも……聞き間違うかあ?」

 彼とカレン……アクセントは似ているが、聞き間違うとは思えない。

「人間の脳っていうのはけっこう馬鹿なもんよ。見えていても聞こえていても、『勘違い』は絶対に起きるわ。それはあたしたちが『身をもって』知っていることでしょ?」

「……それは、たしかにあるな」

 認めたくないが、伊生の言うとおりだった。「ただ話しているだけ」で曲解するやつを、俺は去年多く見てきた。

「本当なんだな?」

「……」

 伊生は珍しく曇りなき眼で答える。嘘をついてなさそうだ。

「そっか……ふう」

 張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れる。俺は膝から崩れ落ちそうなのを、壁にもたれかかって耐えた。


「良かったわねー。首の皮一枚でつながって」

「ああ。本当に良かったぜ。その……ありがとな」

 俺は膝に手をつき、伊生に最大限の礼を述べた。もしも伊生が電話してくれなかったら、俺は勝手に勘違いして、自暴自棄になって、「悲劇のヒロイン」を演じるところだった。

「ふっ、いいわよそんなの……はい」

 伊生は右手を俺に差し出す。

「何も無いけど?」

「救済料。千円でいいわ」

 ……天使なわけないか。こいつが俺のみならず、「無償の奉仕」をするなんて考えられない。

「――ほらよ」

 財布の中から五百円玉を二枚取り出し、俺は伊生に投げる。

「まいど」

 伊生は躊躇なく、五百円玉を二枚受け取った。情報の重要さに比べれば、安いものだ。俺は今月の小遣いが全部失くなっても、満足だった。


 さあて、明日からどうやって築島さんにアタックをかけよう。家に着くうまであと少しの間、俺は再び生まれた希望ある未来に心を弾ませた。



「あれ、伊生ちゃん!」


 俺の想いが届いたのか、超絶グッドなタイミングで、背後から想い人の声がした。

「あ、奈江……!」

 精神を整えている俺の横で、伊生はなぜか気まずそうな声を出した。

「ぐ、偶然ね!」

「そうだねー、それにしてもやっぱり二人って仲いいんだね」

 まだ背後を振り返れないが、築島さんのニヤニヤした顔がまざまざと浮かんできた。

 あ、これはまずいやつだ! せっかく再びチャンスが戻ってきたのに、これでは意味がない。俺は築島さんの誤解を解こうと、ぐいっと身体をひねった。

「築島さん! その――…………え?」

 身体をひねった状態で、俺は動きを止める。あ、あれ……あれ?


 これも俺の勘違いなのだろうか? ――いや、こんな至近距離で「聞き間違う」ことはあっても、「見間違う」なんてこと、あるだろうか?

「…………」「じゃね、また明日!」

「あ、はい……」

 ずっと俺が黙っていると、築島さんは手を振って右側の道へと歩き出す。

「あの、築島さん」

 俺は裏返った声を出し、築島さんを呼び止める。

「なに?」

「あの、その……えっと……」

 そこから先の言葉が上手く出ない。というか出したくなかった。

「どうしたの?」

 俺は築島さんを、築島さんの「左」を指差し、こう訊いていた。


「双山さんですか?」「いや違うけど……?」


 野太く、そして渋い声だった。

「あはは、同じクラスなのに変なの! じゃね、二人とも。行こっ、剣くん」

「あ、ああ……じゃな」

 築島さんは弓親剣の右手を掴み、仲よく一緒に歩いて行った。

 それはどう見ても「伊生が築島さんと電話を終えてから五分たらず」で出来上がったような、関係には見えなかった。

 二人の姿が見えなくなる。俺は首を伊生に向ける。伊生の目は上下左右に泳いでいた。


「――伊生、何か言い残すこと、あるか?」

 それで俺はすべてを察した。伊生は観念したように、それでいて開き直ったように笑みを浮かべ、 


「……いい夢見れた?」


 と言って脱兎のごとく走り出した。

「てめっ……くそっ!」

 すぐさま追いかけようとするも、足に力が入らなかった。

 足だけじゃない。俺はもう、その場に立っていることすら危うい状態だった。


 


今度こそ間違いなく、俺の恋は終わりを告げた――。








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