飛天の一矢
広場が一望できるバルコニーに進んだミリアは、流れるような仕草で弓に矢をつがえた。
風が、彼女の髪を撫で、金色の髪がヒラリと舞う。
見慣れた俺でさえ、その姿には、美しいと見惚れてしまう程だ。
バルナスは未だに、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
ミリアが矢を外せば、何か適当なイチャモンをつけて、夜の相手でもさせる気なのだ。
恐らく、かなり距離があるにも関わらず、ミリアが弓を一直線に狙っているからだろう。
普通、射手というのは、距離が空きすぎている的に当てようとする時は、中天に向け、矢を放つものであるからだ。
これだけでも、かなり意地の悪い要求だと解るだろう。
しかし、残念だったな。
ミリアの持つ弓は、ただの薄汚れた弓ではない。
彼女の武勲と、森への貢献を称え、エルフの守り神でもある、神樹ユグドラシルより授けられた神弓なのだ。
故に、ミリアは何の躊躇もなく矢を放った。
パン!という乾いた音と共に、結果も見ず、ミリアは、俺達の元に帰ってきた。
「終わりました。」
目を伏せながら報告するミリアに、俺は首肯して答える。
これは、彼女の罪ではない。
俺の罪なのだ。
俺の横で佇んでいるアーニャは、今どのような気持ちでいるか、彼女をよみがえらせた俺には、痛いほど伝わってきていた。
「なんだ?随分とあっけない。まさか、的を外したのではあるまいな。」
こちらの空気も、一切関係なくバルナスが声を上げる。
「わざと外したのなら、貴様らも反乱分子として裁くことになる。覚悟してもらおうか?」
バルナスが、片手を上げると、部屋の脇に控えていた兵士達が、武器を構える。
まあ、この程度の敵なら、この何万倍いたところで、俺達には何の問題もないのだが。
「焦らずとも、少し待っていれば、自ずと答えは出る。バルナス殿は少し落ち着かれるとよい。」
全く慌てず騒がず、デュランドが腕を組み、瞑目したまま答える。
そのデュランドの態度に、バルナスは腕を下すのを止める。
その自信のほどが、見て取れたのだろう。
チラリとマグナードに視線をやった時である。
「一大事でございます!!」
息せき切らして、一人の兵士が、謁見の間に駆け込んできた。
「何事だ!?」
バルナスは水を差されたように、立ち上がった。
「見せしめのため、磔にしていた前領主。ベイト・ストレングが、何者かの放った矢により絶命いたしました。」
吐き出すように報告する兵士に、バルナスは面白くなさそうに顔を歪める。
「構わん!奴の処刑はワシが命じた!矢はここから撃たれたのだ!少し考えれば、分かるだろう!」
「しかし、後日、大々的に処刑するとのことでしたが。」
「ええい!もうよい!下がれ!」
恐縮したように出て行った兵に、理不尽な上司を持つと、大変だなあと、少し同情した。
「どうですかな?」
デュランドのダメ押しの一言に、バルナスは渋々と謝罪した。
「疑ったことを詫びよう。なるほど、恐るべき腕の様だな。お主の盾は。」
忌々しそうに、腕を横に振ると、武器を構えていた兵達が下がる。
「雇おう!それで文句はあるまい。宿は、部下の者に案内させる。以上だ!」
そう言うと、退出を促すように、手をひらひらと振る。
さっさと出て行けという事なのだろう。
言われずとも、そのつもりである。
「それでは、失礼いたします。」
俺は、帝国式の礼をとると、早くも出ていこうとしていた三人の後を追った。