領主の館にて
俺は、振り返りマグナードの元に戻った。
「用事は済んだのかな?」
マグナードが尋ねてくるが、俺は首を振りつつ溜息をつきながら答えた。
「実は先日、この男の娘の死を看取りまして、最期の言葉を伝えてやろうとしたのですが・・・」
俺は、未だ咽び泣いている元市長を、再び目に収めつつ続けた。
「すでに、手遅れだったようで・・・」
「まあ、無理もあるまい。あの晒し台では、寝ようとすると首が締まり、強制的に目を覚まされてしまうのだ。既に一月あのままだからな、気がふれていても不思議ではないさ。」
一月もあのまま、晒され続けていたというのか。
まるで、過去の自分の姿をまざまざと見せつけられたような気分になったぞ。
「反乱の残党がいると面倒なのでな。拷問を兼ねて、こうして晒していたのだが、領主殿は短気な性格でな。先日、娘を人質に、口を割らせようとしたのだ。」
そこまで言うと、マグナードは広場の正面にある大きな建物へと進んで行く。
「後は、貴殿も知っていよう。結局、奴は何も知らなかったようだ。そして、娘は死んだ。それだけの話だ。」
恐らくは、前領主の館であったその建物の前に着くと、マグナードは、軽く右手を挙げた。
それを合図に、門番達が格子で出来た門を開く。
「こっちだ。」
そう言うマグナードに続き、俺達は館の中へと入って行った。
いよいよ、悪党どもの頭と対面である。
一階の大きな階段から二階に上がると、俺達は謁見の間へと通された。
内部は広く、バルコニーからは前領主の晒されている広場が見えている。
どうやら、現領主は相当趣味悪いらしい。
自分の城となった館から、晒し台にいる前領主を見ては悦に入っているのであろう。
その上、部屋の中央には、造りかけのどでかい彫像が置いてあった。
自己顕示欲も強いらしい。
マグナードと俺達四人は、その横を通り抜け上座へと向かった。
上座は空であったが、その横には鎖に繋がれた女達がいた。
全員、薄着で死んだような眼をしていた。
攫ってきたのか、それとも、反乱を起こした者の身内かは知らないが、夜の相手をさせるためだろう。
横に立つミリアが凄い目をしていた。
こういうの、大嫌いだからなあ、コイツ。
そのまま待っていると、横の扉から大柄な男が入って来た。
「マグナード、傭兵になりたいと言っているのは、そ奴等か?」
横柄な態度で入って来た男は、そのまま上座にドカッと座った。
マグナードと同じ褐色の肌、しかし、樽の様な太い胴回りに、丸太の様な腕、デュランドより頭一つ分高い背丈、いかにも戦士の出であると、その体が語っている。
頭は剃り上げており、髪は一本もない。
全体的に、丸っこい印象を受けるが、その目は、嘗め回すように俺達を見ていた。
「ワシがここの領主、バルナス・シャルナーンだ。働きによっては、取り立ててやっても良いぞ。しかし、まずは、腕を見せて貰いたいものだな。」
顎をさすりながら、そう言うバルナスの視線は、さっきからミリアに注がれている。このスケベ親父が!
俺は、青筋を立てているミリアにアーニャ預けてから、バルナスの前に立つと、片膝をつき頭を下げた。
「私は、付与魔術師をやっております、ハボット・スルシャーンと申します。早速ですが、我等の内で最強の戦士であるところの、デューク・マルシャーン様の技量を見ていただきましょう。」
意図的に、ミリアとの間に割り込んだ俺に、わずかながらイラっとした表情を見せたバルナスであったが、デュランド(デューク)の次の行動に目を剥くことになった。
デュランドは、造りかけの彫像の前に立つと、背に持っていた大剣を音もなく抜き、一閃させた。
デュランドは、そのまま帰ってきたが、彫像に変化はない。
しかし、バルナスが不審に思い、立ち上がった瞬間、彫像は斜めにずり落ちた。
「おお!!」
バルナスの感嘆の声が、謁見の間に響く。
マグナードも、僅かながら驚いているようだ。
「これは素晴らしい!文句なしだ。」
バルナスは、手を叩いて喜んだ。
しかし、その後ミリアに視線を戻すとこう言ってきた。
「ただし、どうかな?そのエルフをワシに差し出すのであるなら、更に高い待遇を約束するぞ。んん?」
やはり中身は、ヒヒ爺である。
いっそ、このまま、ここでぶち殺してやろうか、という気になってきたが、俺が何か言う前に、デュランドの方が答えた。
「そのエルフは、俺の盾だ。くれてやるわけにはいかん。」
領主を前にこの態度、流石です。
しかし、領主はその言葉に疑問を持ったようだ。
「盾というのは、どういうことだ?うちの兵でも盾にはなるだろう?」
「盾というにもいろいろある。特にそのエルフは、弓が得意でな。俺の背を預けているのだ。故に、くれてやるわけにはいかん。」
「ほう。そなたほどの戦士の背を預かるほどか?」
再び上座に座りなおしたバルナスが、興味深げにミリアを見直した。
と、横で見ていたマグナードが、バルナスの横へ行くと、何やら耳打ちを始めた。
バルナスは、嫌そうな顔でその話を聞いていたが、段々とその顔に、邪悪な笑みが広がっていく。
あ、やな予感。
「よかろう!それならばそのエルフに、その腕を披露してもらおうではないか!」
バルナスは、その太い腕をバルコニーに向けると、こう言った。
「的は、晒し台に晒されている、ここの前領主、ベイト・ストレングだ!」
やっぱりか!
これは、要するに踏み絵だろう。
マグナードは、やはりこちらをまだ疑っているのだ。
その上で、ミリアの腕も試せる、一石二鳥の策という訳だ。
俺は立ち上がり、バルコニーから外へ出ると、広場の晒し台を見た。
「いやー、これは流石に、遠すぎるのではないですかねぇ?」
「なんだ?やはり自信がないのか?」
ニヤニヤと、下卑た笑みを浮かべるバルナスを、冷めた目つきで見ていたミリアは、ふと、自分の手を握っているアーニャを悲しい目で見た。まるで、すまないと言う様に。
そして、その手を振りほどくと、バルコニーに立つ俺の方へと歩いて来た。
俺は、溜息をつきつつ、アーニャの元へ戻る。
ミリアとすれ違う瞬間、俺は自分でも驚くくらい冷たい声で、一言命じた。
「苦しませる必要はない。一矢で殺せ。」