親子の再会
マグナードの背を追いながら、俺は街の様子を観察していた。
すれ違う者達は、一様に顔色が悪く、頬がこけている。
恐らくは、税と称して搾れるだけ搾り取っているのだろう、その重圧は計り知れない。
暴君に治められた街は、緩やかに滅びへと向かっているのだ。
胸糞が悪いったらない。
「どうした?浮かぬ顔をしているな。」
おっといけない。どうやら、内心が顔に浮かんでいたらしい。
マグナードが、振り返って尋ねて来た。
アーニャから、表情を奪っておいてこれでは、なさけないとしか言いようがない。
今、マグナードに疑われる訳にはいかない。
俺は、ハボットの記憶から奪い取った知識を利用し、マグナードへ返答した。
「マグナード様は、よく平気ですな。」
「というと?」
一瞬、その目が鋭くなるが、構わず続ける。
「文明の香りもしない、このような辺境で過ごすことがですよ。私は、早く功績を挙げて本国へ返り咲きたいですな。」
俺の返答を聞き、マグナードの顔に理解の色が広がった。
「その意見には、まったくもって同意だが、これも任務でな。それに、悪いことばかりでもない。」
「と、おっしゃいますと?」
「自らが研鑽した魔導の腕を、遺憾なく発揮できるのはこういう場所でのみだ。」
ああ、そういうことか。
つまり、自分の力を人間相手に試したくなったのだろう。
俺は更に胸糞が悪くなったが、そんなことは一切顔に出さず、その言葉に共感して見せた。
「蛮族相手なら、手加減無用という訳ですな。」
「そういうことだ。よいものだぞ?村を丸ごと一つ焼くなど、中々できる経験ではないからな。」
ハハハ、と軽く笑いながら進んで行くマグナードの背に、俺は心の中で続けた。
『今度は、貴様が狩られる番だ。精々、今の栄光に酔いしれているがいい。』
その心の呟きに、答える声があった。
『あの人、マイザックおじちゃんの村を焼いたの。ミランダおばちゃんや、マリヤおねーちゃんもみんな・・・。』
手を繋いだままのアーニャから、念話が入って来た。
アーニャの表情は、俺の死霊術で操っているため無表情である。
しかし、その声には、隠しようのない哀しみが現れていた。
この悲劇は、光の勇者が魔王に殺され、聖王国が滅んだために起きたものだ。
つまりは、全て俺のせいなのだ。
『責任はとるさ。必ず、奴らを叩き潰す。』
アーニャにというより、自分に言い聞かせるように俺は吐き捨てた。
俺達はそのまま、マグナードの後に続き、通りから街の中央広場に出た。
広場の正面にある大きな館が、領主の家、アーニャの生家なのだろう。
そして、その対面には、晒し台が建てられていた。
番兵の配置された晒し台の上には、痩せこけて薄汚れた男が、首と手首を板に挟まれて晒されていた。
暴れたのであろうか、その首筋と手首は、一度出血した血が固まり真っ黒になっている。
晒されて何日もそのままにされていたのであろう、酷い悪臭が漂い、蠅がたかっていた。
「あれは、なんですかな?」
俺の問いに、マグナードはチラリと視線をよこし、すぐに切って答えた。
「あれは、この街の前領主で
『おとーさん!!』
マグナードの声を遮って、アーニャの念話が絶叫となって俺の頭に響いた。
アーニャは、そのまま父親であろう男に駆け寄ろうとする。
だが、咄嗟に俺は、アーニャの体の自由を奪い取った。
『おとーさん!!おとーさん!!ああ!!酷い怪我!!』
絶叫し、混乱するアーニャの手を握ったまま、デュランドとミリアをその場に残し、俺は前領主の前に立った。
槍を持った番兵達が、チラリと見てくるがそれだけだ。
マグナードの連れて来たものであるからなのであろうが、下手なことをすれば、当のマグナードが手を下すと分かっているからだろう。
『リョウジ様!お願いします!!おとーさんを助けてあげて!傷を治してあげて!』
キンキンと頭の中で響く声に、すまない気持ちでいっぱいになりながら、俺はアーニャに答えた。
『すまない。それは、無理なんだ。』
『どうして?リョウジ様はあたしの傷も全部治してくれたじゃない。』
『生者、今生きているものに対して、俺が干渉することは出来ないんだ。俺が出来るのは、一度死の門をくぐったくぐった者に干渉すること。生者に対して俺は無力だ。』
『そんな・・・』
アーニャの声に、絶望の気配が漂う。
しかし、約束しよう。
『安心しろ、お前の親父さんは、きっと助けてやる。必ずだ。』
俺の確信を持った声に、アーニャが見上げてくる。
無表情なので分かりにくいが、手を伝って喜びの感情を感じた。
と、そこで、死んだ魚の様な目をしていた前領主の目に、理性の光が戻って来た。
「おお・・・アーニャ・・・生きていてくれたのか・・・。」
前言撤回、まだ意識は混濁としているようである。
今のアーニャは、俺の死霊術によって、全く違う外見になっているのだ。
同一人物であると見抜くなど、不可能なはずだ。
「ふん!哀れなものだな。お前の娘は、俺達の目の前で、無残に死んだぞ。」
俺はそう言ったが、前領主の耳にはその言葉は届いていないようである。
「よかった・・・生きていてくれただけで・・・よかった・・・」
もしかしたら、親子にしか分からない絆か何かで、繋がっているのだろうか。
だとするなら、それは死霊術などよりも遥かに尊いもの。
それは、奇跡としかいいようのないものである。