炎の魔導士
いきり立つ男たちを前に、してやったりという笑顔を張り付けたミリア。
計画通りとはいえ、人を物扱いする者たちに対し、彼女は容赦しないだろう。
と、その時、俺の隣にいたデュランドが、肩に乗せていたアーニャを俺に渡し、ゆっくり前に進む。
俺は、横に立つアーニャと手をつなぎ、事の成り行きを見守ることにした。
『リョ、リョージ様!なんだか、声が出ないんですけど!』
キンキンとした子供特有の甲高い声が、俺の頭に響く。
『俺が、お前の声を封じたんだ。顔見知りの死体のある前で、平然としてはいられないだろうからな。表情も固めておいたから、窮屈だろうが我慢してくれ。』
俺が、念話で答えると、アーニャは無表情なその顔を向けて来た。
だが、その心の内では、大騒ぎであった。
『リョ、リョウジ様の声が聞こえます!しゃべってないのに!ほ、ホントだ!顔!顔、動かないです!』
『落ち着け、念話でなら俺と会話ができる。だから、何か言いたいことがあったら、今みたいに俺の手を掴んで話をしろ。』
『念話?話をするって、口が動きません!』
『出来てるじゃないか。』
『あ・・・ってそうじゃなくて!ミリアさんが大変です!リョウジ様どうするんですか?』
『まあ、見ているといい。古今無双と呼ばれた男の実力をな。』
ミリアを囲んでいた男共が、一斉にミリアへと殺到する。
しかし、俺もミリアも慌てない。
その理由はすぐに解ることになる。
男達の手がミリアに届く寸前、割って入ったものがある。
デュランドが、その背に担いでいた大剣である。
大の男が三人、その大剣にぶつかり勢いを止められた。しかも、片手でである。
県の腹で止められたため、男達に怪我はない。
故に、男達は怒りの視線をデュランドに向ける。
が、男達が声を出す前に、デュランドはその手を一閃させる。
『あ・・・飛んだの・・・』
『飛んだな・・・』
放物線を描きながら飛んでいく男達を見ながら、間抜けな意見を言う俺達。
軽く10メートルは飛んだであろうか。潰れたカエルの様な声を上げて地面に叩き付けられた音を聞きつけ、番兵所からワラワラと兵が現れた。
「なんだ?何事だ!」
「おい!どうしたんだ!お前ら!」
「・・・そ、そいつだ!そいつが、俺達をこんな目に!」
「ああ!?」
大剣を構えたままのデュランドに、番兵達が殺到する。
だが、
『あ、また飛んだの。』
『そうだな。』
結果は、先程と全く同じである。
デュランドは、片手で自分の背丈ほどの大剣を小枝のように振るい、飛び掛かってくる男達を叩き返している。
番兵達は、大岩にぶつかった波のように、飛散していく。
「懲りない連中ですね。」
ミリアはいつの間にか俺の隣に帰ってきている。
自分が発端だというのに涼しい顔である。
「まあ、騒ぎが大きくなるのはこちらの思惑道理だがな。」
と、そこで番兵達に変化があった。
槍と盾を持ち出し、隊列を組み始めたのだ。
「お!そこそこ理性が戻って来たか。」
感心する俺をよそに、デュランドが腰を落とし、肩に大剣を担ぐように構えを変える。
「押し包んで殺せ!!」
最初、ミリアに掴みかかった男が号令を出す。
あれ、隊長格だったのか。
一斉に繰り出される槍、しかし、結果はまたしても同じ。
デュランドの振った一刀は、槍のことごとくを吹き飛ばし、続く二刀目が盾ごと番兵達を吹き飛ばす。
「ば、化物か・・・」
と、隊長が呟いた瞬間、吹き飛んだ番兵達とデュランドの間に、突然、炎の壁が出現した。
「む・・・」
デュランドは、炎に阻まれ追撃出来ない。
「ようやく出て来たか。」
そう言いながら、俺はアーニャをミリアに預け、デュランドの横に並ぶ。
「おお!マグナード様!」
「何の騒ぎだこれは?」
炎の向こうから、落ち着いた男の声が聞こえて来た。
恐らく、これがマグナードとやらの声だろう。
「それが・・・我等に盾突く愚か者がいたので、取り押さえようとしたところ、予想外の抵抗にあいまして・・・」
こちらが、口を挟めないことに言いたい放題である。
「ほう。」
それだけいうと、マグナードらしき人影が、炎の向こうから杖を振るしぐさが見えた。
炎の壁が一瞬で消え去り、そこには金の刺繍の施された漆黒のローブに身を包んだ魔導士がいた。
その肌は褐色で、瞳の色は青、まるで鷹を彷彿とさせる人物であった。
「貴様等がその狼藉者か?」
まるで、射貫くようにデュランドを睨みつけるマグナード。
だがその前に俺は進み出て、帝国式の拝礼をする。
「狼藉などととんでもない!むしろ、こちらの従者に狼藉を働こうとしたのはそちらの方々でして。」
「ほう、その拝礼。帝国の者か?」
「はい!学院に通っておりました導師の一人であります。貴方様は、塔の御方で?」
その問いに、マグナードは警戒を緩めたようだった。
「いかにも、枢蜜院所属の魔導士、煉獄を冠するマグナードである。」
「炎の魔導士様でいらっしゃいましたか!私は、付与魔法を得意とする導師で、ハボットと申します。」
俺が、ここで告げた名は、実在した帝国の導師の名である。
もし、名前で調べられてもこれで足はつかないはずだ。
「なるほど、付与魔法か。それなら、そこの御仁の凄まじい力にも納得がゆくな。」
どうやら、騒ぎが大きくなり始めた時点で見られていたようだ。
抜け目のないことで。
「見ておられたとは、お人が悪い。我等の目的は、ご領主様に雇っていただくことでございますれば、どうかご助力いただけませぬか?」
へりくだって、領主へのつなぎを頼んでみる。
ダメで元々なのだ。これでダメなら、後は力押しでも全然いけるが。
「ふむ、同郷で学んだ者のよしみだ。面会はさせてやろう。」
意外にも、すんなりといってしまった。
「お待ちください!」
と、そこで存在を忘れていた隊長さんがしゃしゃり出て来た。
「この者等は、我等に逆らったのですぞ!」
と言いつつ、その目は時折ミリアに向けられている。
まだあきらめていなかったんかい。
しかし、その色欲がその隊長の命を縮めることになった。
「そういえば、貴様は嘘の報告をしたな。この私をいいように使おうとしたわけだ。」
「え!?」
「己の愚かさを悔いるがいい!」
そう言うと、マグナードが指を鳴らした。
その一瞬である。
隊長の足元から、炎が吹き上げた。
炎の柱の魔法である。
詠唱も、溜めもなし、元々保有している魔力が高いのだ。
その実力は、推して知るべしといったところであろうか。
「報告は正確によこせ!たるんでいるようならこの者と同じ道を辿ることになるぞ!」
番兵達が、一斉に姿勢を正す。
隊長の断末魔の声を聞きながら、涼しげにマグナードは振り返って俺に告げて来た。
「では、参ろうか?」
番兵の隊列の中を、風を切って歩き出したマグナードの後を俺達は追いかけた。
さて、いよいよ黒幕との面会か。
大体の予想はついているが、ここは一つ相手の内情を探るとしよう。