潜入
「今から、お前の外見をちといじる。痛くはないからじっとしてろ」
言うが早いか、俺は手に持った長い杖を一振りする。
「ほえ?外見?」
「そうだ。というか、今終わったがな」
「ほえ?」
ミーシャと俺の横で見ていたミリアとデュランドは、その劇的な変化に「おお!」とか「流石だな」とか言ってるが、当の本人には、自分がどう変わったかなど、すぐには理解出来んらしい。
「ほれ!これを見てみろ。」
俺は、懐から手のひら大の丸鏡を出す。
鏡を見たミーシャは驚いて声を出した。
「硝子の鏡!リョージ様はお金持ちなんですか!?」
「そっちじゃないから!鏡をちゃんと見てみろ!」
やや的外れなミーシャの返答に突っ込みつつ、己の姿を見るように促す。
その効果は絶大だった。
元々はのほほんとした性格だったのが災いしたのか、それとも俺達が傍にいるから安心して油断していたのか分からないが、鏡に映った自分を見た時、「ええええ!」と奇声を発して気絶した。
このままでは話が進まないので、俺は再び杖を振る。
すると、時間を巻き戻すかのように、ミーシャの体だけが起き上がる。
「起きろ!」
その言葉と同時に、強制的に意識を戻されるミーシャ。
「ほえ?あれ、今・・・あたし。」
「夢じゃないぞ!」
俺の声に、一瞬反応した後、自分の手を見て、そして、肩から流れる黒髪を手で持って引っ張ったりしていた。
「ええ!これ!あたし!?」
そう、俺の目の前には、顔形はそのままだが、褐色の肌に胸元まである黒髪を垂らしたエキゾチックな少女がいた。
ガリガリだった手足も、瑞々しく張っており、健康そのものの外見に変わっている。
止めに、爽やかな空色だった瞳の色を、血のような真紅の色に変えてみた。
「やっぱり、そういうご趣味が・・・」
「違うわ!」
今度は、ミリアに突っ込みをいれつつ、ミーシャに説明する。
「いかに、死んだと言っても、姿形が同じままならばれるからな。事がすむまでは、その恰好でいてくれ。」
俺の言葉に、カクカクと首を縦に振るミーシャに、ミリアが優しく声をかける。
「大丈夫よミーシャ。あの街を綺麗にしたら、リョウジ様がきっともとに戻してくれるから。」
「は・・・はい。でも、これって一体!?」
未だ自分に起きた変化が気になって仕方がない様子で、体のあちこちを見たり触ったりしているミーシャに、デュランドが答える。
「リョウジは、一度死の門をくぐった者なら、どのようにも操ることが出来るのだ。姿形はもちろん、強さや年齢までもな。」
「はいそこ!余計なこと言わない!それに、操れるのは、死の祝福が有効な期間だけだからな。」
「ほえ?」
全く理解出来ていないミーシャに背を向け、俺は地面に敷いた薄い布の上に寝転がった。
「明日は、忙しくなるぞ。さっさと寝とけ。」
それだけ言うと、俺の意識はすぐに闇に落ちていった。
一夜明けて朝である。
俺達は、身支度を整え早速街へと向かった。
ミーシャは、デュランドの左肩の上に乗せられ、大人しくしている。
昨日の大慌てっぷりも鳴りを潜めて、ようやく落ち着いた感じだ。
俺が寝た後で、二人が何か言ったのかもしれないが、そうなら、ここは二人の好意に甘えておこう。
街道を進んで行くにつれ、街の惨状を伝えるかのように、空を飛ぶ烏の数が多くなっていく。
街は石壁に囲まれており、街の入り口は番兵の詰所となっているようだ。
その前を行きかう人々の目には生気がない。
その理由は、詰所のすぐ横にあった。
烏達が、人を怖がらぬはずだ。
そこには、絞首刑に処せられた死体がいくつもいくつも並べられていたのだから。
「ううっ」
デュランドの肩に乗ったミーシャから嗚咽が漏れる。
「マイザックおじちゃん・・・ミゲルおにーちゃん・・・」
顔見知りの人間が、目の前で無残な死体の姿でいるのである。
その胸中は、いかばかりのものか。
しかし、今はその悲しみをしまってもらう。
俺は、杖を振り、手で印を結ぶ。
「おい!そこのお前達!」
ちょうどそのタイミングで、俺達は番兵に声をかけられることとなった。
「昨日報告のあった旅人か?一晩明けてから来るとは、何かあやしいなぁ」
ニタニタと嫌らしい笑いを顔に張り付けた番兵達が近寄ってくるが、俺はその前に躍り出ると、へこへこと頭を下げた。
「お役目お疲れ様です!私共は、旅の傭兵でして、こちらのご領主様が、広く傭兵を募集するとのことでしたので、是非私共をその配下に加えていただけないかと」
「ああ!?おめえみてえのが傭兵だと!」
「馬鹿にしてるのかてめえ!」
番兵達が詰め寄ってくるが、俺は慌てず、デュランドほうを振り向き大袈裟に手ぶりも加えて紹介する。
「こちらにおわす御方こそ、一騎当千の戦士デューク様!私はその従者でして。」
番兵達に、昨日、俺たちの目の前で殺された哀れな奴隷の少女を埋葬し、主を迎えに引き返したのだと告げた。
「主だと!?」
「はい!こちらのアイシャお嬢様です!」
俺の手の指し示した先には、表情のない死んだ魚のような眼をしたアーニャがいた。
「なんだこの娘?生きてるのか?」
「アイシャお嬢様は、戦乱でご両親を失い心を閉ざしてしまわれたのです。しかし!我等三人でお嬢様を盛り立て、お家の復興を成すことが、亡きご両親へのご恩返し。戦地を廻り名を挙げることに邁進しておる次第にございます。」
そこまで、一気ににまくしたてると、深々と頭下げる俺に、番兵達は胡散臭そうな眼差しを向けていた。
と、
「おい!貴様!フードを取れ!」
今度は、ミリアが目を付けられたようだ。
まあ、あのフード姿は目立つからねぇ・・・
やや、辟易としながらフードをとるミリア。
その下から現れた美貌と、その長い耳に番兵達が色めき立った。
「エルフ!」
「エルフだ!それも上物の!!」
おや?これってひょっとしなくてもトラブル発生か?
だけど、ミリアの奴は頑なに、俺が外見をいじるのを拒否するからなぁ。
チラリとミリアと目が合う。
すると、彼女はとてもいい笑顔で微笑んだ。
全く笑ってない目でである。
確信犯ですね。解ります。