少女の事情
互いの自己紹介を済ませ、俺達は、事のあらましをアーニャに聞いた。
アーニャは言葉に詰まりながらも、決して言葉にしたくなかったであろうことも、健気に語ってくれた。
三年ほど前のことである。
街の近隣の村々が、野党の集団に、次々に襲われるという事件が起こった。
これに対して、街の領主である彼女の父は、街の自警団を動員し、事件の収拾にあたったが、その盗賊団はそれをあざ笑うかのように、神出鬼没に現れては略奪を繰り返した。
元々、平和であった土地柄の為、自警団の人員不足もあったのだが、足取りさえ掴めなかったらしい。
領主は、次の一手打つべく、丁度、街に滞在していた傭兵団を雇い入れることを決定したのだが、実はこれが罠であった。
傭兵団は、領館に入るや否や、正体を現し、役人や使用人達を虐殺、アーニャをかばって、彼女の母も、その凶刃に倒れた。
アーニャとその父は生かされたが、それは領内に散っていた自警団の隊員達をおびき出すための人質という役割があったからだ。
それでも、隊員達は、領主とアーニャを救わんと、諦めず何度も救出を試みたが、すべて失敗、そのことごとくが囚われ、見せしめとして絞首刑にされていった。
それを、傭兵団の頭は、領民達に公開しこう言ったそうだ。
『自分達に逆らえば、次はお前達がこうなるぞ!』と、
それでも、諦めない者達はいたのだが、つい先日、自警団の最後の一人が処刑された。
領主とアーニャの利用価値は無くなり、殺すことが決定された。
しかし、領主は、幼い娘だけでも生かしてほしいと、傭兵団の頭に助命を願った。その結果が・・・
「昨日のあれですか!」
夜の林の中に、ミリアの怒声が響いた。
「何という!ひとの皮を被った悪魔どもめ!!」
「落ち着けミリア!」
「しかし!リョウジ様!」
「なんとかするさ、だから落ち着け。」
俺の言葉に、ようやく大人しくなるミリア、そして、デュランドの方は、静かに炎を眺めていた。
いや、よく見ると、彼の周囲がカゲロウのように揺らめいて見える。
怒りで周囲が揺らめくってどうよ!
これは、あの街にいる悪漢共の運命は決まったようなものだ。
それにしても、驚いたことがあった。
「ミーシャ、お前領主の娘だったんだな。」
「ごめんなさい。黙ってて。」
ポロポロ涙を流しながら謝るミーシャの頭を、おれは乱暴にかき回した。
「子供がそんなこと気にすんな。それに、忘れたのか?俺達は、お前を見捨てて奴らに殺されるとこを見てただけだぞ。」
「え?」
俺の言葉に、ミーシャは自分の体を見回す。
「でも、生きてます。あれは、夢じゃなかったのかなって思っていたんですけど。」
ミーシャの言葉に、首を振る俺。
そしてそれを見守る仲間達の目に一切の嘘ないとわかった時、ミーシャは自分の体を抱いてブルブルと震えた。
まあ、これは理解してもらう必要があるからな、ミリアとデュランも通った道なのだ。
「それにしても、ミーシャ。お前、本当にちっこいな。ホントに十二か?」
「ふえ?」
そう、最初は八つか九つと思っていた彼女の年齢は、実は十二歳であったのだ。
恐らく、多感な成長の時期に、碌な食べ物も与えられずに育ってきた弊害なのだろう。
「三年か・・・」
それは、恐ろしく長い三年であったに違いない。
「お前のせいではない。」
俺が何を考えていたのかを、見通すように、デュランが声をかけてくる。
だが、それに対する俺の答えも決まっていた。
「いや、俺のせいさ。」
その会話に、キョトンとした顔で見上げてくるミーシャの恰好に俺は今更ながらに気付いた。
「ところでミーシャ、俺達は明日、街へ乗り込むんだが、お前のその恰好は、ちと不味い。」
「ほえ?」
ほとんど、ぼろ切れとなった布を体に巻いているだけの姿は、非常に目立つ。
まるで、どこぞの奴隷でしたと、喧伝しているようなものだ。
「待ってろよ。」
俺はそう言うと、三人に背を向けゴゾゴゾしだす。
三人が、不思議そうに、俺の背に視線を集中させるが、次の瞬間、俺の手に女の子向けの洋服現れたのを見てミーシャは大いに驚いた。
「ほええ?今どこから?」
「いいからさっさとこれに着替えてくれ。ミリア、手伝ってやれ。」
服をミーシャに渡しながら、ミリアに頼む俺だが、返事がないことを不思議に思いミリアを見ると。
そのミリアは、何やらプルプルと震えていた。
「まさか、そういう趣味がおありで?・・・だから、私があれほどアプローチしたにも関わらず。何も手を出してくださらないのですか!」
「ち、違うぞ!これは、必要になるだろうって、本国の宰相さんに渡されたもんの一つで・・・」
「どうだか、分かりませぬ!この間も、宿で私が、背を流すというのに、頑なに断ったではありませぬか!」
「お前、スッポンポンだったろうが!子供の前で、なんて話しだすんだよ!」
こいつ、一体何を勘違いしたのか、ミーシャの前でとんでもないこと言いだし始めやがった。
慌てて反論する俺であったが、その耳にクスクスと小さな笑い声が聞こえた。
「クスクス、お兄ちゃん慌てちゃって、可笑しい」
それは、彼女にとっていつ以来の笑顔になるのだろうか、俺には分からない。
ただ、その笑顔がこれからも続くよう、俺にやれることをやるとしましょうか。
「なあ、ミーシャ。お前も手伝ってくれないか?」
「手伝うって、何を?」
「あの街を、悪漢共の手から取り戻すのさ!」
俺のその言葉に、目を丸くして驚くミーシャの目に、これ以上はないって程の悪人面をした俺が映っていた。
ちょっと間が空いてしまいました。
これからも、コツコツ更新していきます。