死霊術
話を元に戻そうか、俺たちの前に死体がある。
勿論、先程、心無い騎兵共に、無残に殺された少女の亡骸である。
改めて観察すると、中々ひどいものだ。
少女の全身は痣だらけで、日頃から暴力を振るわれていたのだとわかる。
身に着けているのは、ぼろい布切れと評しても差し支えない程の衣服。
風呂にも入れてもらってないのであろう、髪は泥だらけで酷い悪臭を放っていた。
足枷でもかけられていたのであろうか、足首にひどい擦過傷の跡があった。
「何と酷い。」
ミリアが目元に、涙を溜めながら少女の亡骸を整えている。
「この少女にとって、死だけが唯一、自由なるための手段だったのだろう。」
普段口数の少ないデュランドも、やるせなさの為かその口から言葉が漏れ出していた。
「なら、これから俺がするのは、もっと酷いことになるんじゃないかな?何せもう一度不自由をこの子に与えようってんだから。」
俺の言葉に、二人が顔を見合わせ、ミリアの顔がパッと明るくなる。
「では、なさるのですね!」
「当たり前だろ、二人とも知ってんだろ?」
そう言いながら、俺は少女の死体を持ち上げる。
「俺は、バットエンドってやつが大嫌いなんだよ」
そう言いながら、俺は街道を逸れ、林の方へと向かい歩き出そうとして、二人に振り返った。
「すまん!デュランド!持ってくれるか?重い!超重い!!」
忘れてた、死体ってのは超重たいんだよ。
デュランドが、やれやれといった感じで少女を受け取る。
我ながら、この貧弱っぷりがなさけない。
「ほら、行きますよ」
ミリアが、背中を押してくれるのが、正直有り難かった。
俺達は、人目につかないため、街道の横にある林の中へと来ていた。
夜のとばりがおりつつあるとはいえ、これから俺がすることは、人目につかせたくないというのが、ここに来た目的だ。
「ミリア、灯りを頼む。」
「はい!リョウジ様。」
そう言うと、ミリアが腕をスッと横に振ると、そこから燐光が舞った。
「光の精霊よ・・・我が基に来たれ・・・」
彼女の得意とする、精霊魔法だ。
青白い光が、辺りを照らすが、これ、遠くからは見えない光らしい。
さて、では俺の番だな。
少女の死体を前に、手に持っていた杖を振る。
途端、生ぬるい風があたりに吹き抜けた。
俺の着ていた安物のローブがはためき、デュランドとミリアが一歩下がる。
これから行うのは、死者復活の魔法だ。
おいおい、それ死霊術とは言えないんじゃね?という突っ込みは無視させてもらおう。
何故なら、死体を操り、死者の霊に働きかけることが死霊術の本質なのだ。
元々は、不死身になるための研究だったものが、副産物として動く死体や、骸骨戦士更には、死霊王なんてのを生み出しただけだ。
なら、完成された死霊術とは何か。
それは、生命そのものを操ることに他ならない。
まずは、破損した肉体の修復だ。
これは、比較的楽な作業だ。
破損する前の状態、つまり完全な形に整えるだけだ。
足枷の跡や首輪で出来た傷も、きれいさっぱり無くした。
内出血でボロボロだった手足も、白く瑞々しい肌に治してやった。
体表面にあった不純物を取り除いてやると、波打つような金髪が現れた。
「綺麗・・・」
ミリアの感嘆の声が、背後から聞こえるが、今は目の前に集中だ。
次は、肉体から乖離した霊魂を肉体に戻す作業だ。
「死にたては、楽でいい。」
俺が杖を、一振りすると薄い霊体となった少女が飛んで来る。
恐らく、先程、殺された場所で途方に暮れていたのだろう。
突然、自分の身に起きた出来事に目を白黒させている。
といっても、俺にしか見えないがね。
さて、ちょっと痛いかもだけど我慢してくれよ。
「汝の霊よ!在るべき所に還るがいい!!」
俺の言葉と共に、大気が揺れる。
「ゲホッ!」
死んでいたはずの少女が、跳ね起き咳き込んだ。
「ゲホッ!ゲホッ!」
咳き込みながら、信じられない様子で辺りを見回す。
「なんで・・・わたし・・・死んで・・・」
両手で自分の体を抱え込み、ブルブルと震えだす。
「大丈夫!もう大丈夫だから!」
そう言って、ミリアが抱きしめると、少女はその腕の中でワンワンと泣き出した。
それを眺めながら、俺は一人溜息をついた。
「今日は、野宿だなあ。」
街は、目と鼻の先だが、この少女に、自分の置かれている現状を理解してもらう必要があるしな。
少女のことは、ミリアに投げっぱなして、俺はデュランドと二人で野営の準備を始めた。
「おいおい!そんなに慌てて食うな!死ぬぞ!」
野営の準備が終わり、まずは飯にしようということで、軽めのシチューを作ったのだが、少女は余程、腹が減っていたらしく、掻っ込むというより、流し込む勢いで食べていた。
「胃が慣れていないんだ!ゆっくり噛んで食え!」
突然、どなった俺に、びっくりしながら、少女はミリアの後ろに隠れる。
「・・・ったく、これでまた死なれても、生き返らしてやらんぞ!」
腹を立てつつ、俺はミリアの作ったシチューに手を付ける。
うむ、塩味の効いたミルクシチューだ。確かにうまい。ミリアの奴、いい嫁になるな。
「ほら、貴女を助けてくれたのは、リョウジ様なのですよ。お礼を言わないと。」
ミリアの言葉に、おずおずとその背から出て来た少女は、皿を置くと、俺に対し深々と頭を下げた。
勿論、土下座である。
「あ、ありがとうございました。この、ごおんは、いっしょう、わすれません。」
たどたどしいながらも、しっかりとした返事が返ってきた。
「ああ、いいから頭あげろ!そこまで、畏まることねえよ。」
俺がむっつりとそう言うと、ミリアはクスクスと微笑み、デュランドはフッと鼻で笑った。
悪かったね、庶民主義で。
「さて、とりあえず名を聞かせてもらおうか。俺の名は、リョウジ。リョウジ・タツミヤだ。そんで、そっちの女が」
「ミリア・ナウマ・ユグドラシルです。」
「で、こっちの大男が」
「デュランド・レオン・ハートだ。」
少女は、俺たちの顔を見渡し、頷くと。
「アーニャです。アーニャ・ストレング。それが、あたしのなまえです。」
そうして、俺たちは出会った。
死臭漂う街の前で。
不定期で、更新しますので、たまにでいいので覗いてみてください。
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