悪だくみの始まり
さて、今俺達の宿泊先へと案内しているのは、何の因果か、街の外でアーニャを手にかけた兵達である。
先程から、チラチラと無遠慮にミリアの方へ視線を向けているので、当のミリアが切れそうになっているのだが俺の方はそれどころではなかった。
手を繋いだアーニャから流れ込んでくる感情の渦に、心を揺さぶられているからだ。
多感であろうこの時期の子供にとっては、あまりにも悲惨な体験をしたせいだろう。
押し寄せてくるのは、母に続いて父まで失ってしまったという悲嘆。
助けると約束したにも関わらず、父を殺させた俺への怒り。
そして、やはりこの世に救いなどないのだという深い深い絶望。
それらが、大きな波となって俺の心に叩き付けられていた。
「そら!着きましたぜ御客人!」
その声に、現実に戻された俺は、自分達にあてがわれた宿舎を見上げた。
「随分と領主の館から離れているのだな。」
と、デュランド。
「それに、通りからも外れている。」
そして、ミリアも不満を口にする。
「文句を言うな!この戦時下に、お前らの様な部外者を雇うのなんざ、滅多にないことなんだよ!」
「明日からは、俺達の為に、キリキリ働いてもらうからな!」
虎の威を借る狐とはよく言ったものだが、このような奴らに構っていられるほど、暇ではないのだ。
俺はアーニャの前へ回ると、操っていたアーニャの肉体の拘束を一気に切った。
その瞬間、まるで堰を切ったかのように溢れ出るアーニャの涙。
そして、自分が自由になったのに気付くと、アーニャは俺の胸にその拳をポカポカと叩き付けた。
「うそつき!リョウジ様のうそつき!」
泣きじゃくり、俺を糾弾してくるアーニャの拳を受け止めながら、ゆっくりと彼女の前に膝を下し目線を合わせた。
「どうして俺が嘘つきなんだ?アーニャ」
「だって、お父さん死んじゃった!助けるって言ったのに!」
「お父さん?」
「助ける?」
その言葉に、不審をを覚える兵達だが、そんなことは眼中にはない。
言葉を伝えなければならないのは、目の前のこの少女だけなのだから。
「おいおい。俺は嘘は言ってないぜ。」
「だって!」
「思い出してくれ。」
そう言って、俺はおどけたようにアーニャに微笑む。
「お前も死んでたんだぜ?」
その言葉に、アーニャの動きが止まる。
「え・・・・あ!」
「何の話をしている!」
「貴様等、やはり怪しいぞ!」
騒ぎ立てる兵達を他所に、俺はデュランドとミリアに目配せする。
と、次の瞬間、音もなく一人に忍び寄ったデュランドが、その男の頭を両手でつかみ首をへし折った。
「ひ!」
もう一人が、慌てて懐から何か取り出そうとする。恐らく警笛か何かだろう。
だが、それを吹くことは叶わなかった。
風のように飛来したミリアの矢が、男の眉間を射抜いたからである。
倒れる男の体を、壁へもたれさせる二人。
いかに人通りはないといっても、ここからは時間との勝負である。
「さて!悪だくみの開始と行くか!」
出来上がったばかりの死体を前に、俺は杖を振り被る。
アーニャはその背中を、ぼんやりと見ていたが、ふいに肩に手を置かれ振り返った。
「大丈夫だよ。リョウジ様を信じてあげて。」
それは、アーニャの父を殺したはずの、エルフの女性ミリアであった。
だが、不思議と憎しみは湧いてこなかったようである。
ミリアの瞳に、自分と同じ死から蘇った者の光を見たせいかもしれない。
「だって、滅んだはずの私の一族を、全員生き返らせた凄い人なんだよ。」
「え・・・全員ですか?」
「そう。全員だ。」
断言するデュランドの横顔には、リョウジに対する全幅の信頼が見えた。
「だから、信じていればいい。」
その言葉と共に、俺の杖が大地を打つ。
金属が砂地を打つ音と共に、死んだはずの二人の男が飛びあがった。
「ダッ!」「うお!?」
一人は、首が変な方向に曲がったまま、一人は、頭に矢が刺さったままではあったが。
「よし!お前ら、知るべきことは教わって来たか?」
「はいいいい!」「お許しをおおお!」
すごい勢いで平伏する二人を前に、俺はまず二人の見た目を元に戻してやった。
「取り敢えず、これでよし!バルナスに報告に行くのだろ?」
「は、はい。不審な点があれば、すぐ報告せよと言われております。」
「じゃあ、さっさと戻れ。疑われないうちにな。」
「ハッ!」「では失礼します!」
慌てて去って行く二人を見送り、俺はアーニャに振り返った。
「さあ!親父さんを迎えに行くとするか!」
差し出した俺の手に、アーニャは手を伸ばした。
これから何が起こるのか、その瞳に絶望ではなく、期待の光を宿して。