始まりの死
死霊術と呼ばれる異端の業の使い手が主人公の本作は、一体どうなるやら、先が見えません。
お気軽にお読みくださるとありがたいです。
その国、ジオラントは混迷の時代にあった。
各地では、力ある豪族たちによって、暴力による統治が行われていた。
そのような世界にあって、ただ一人の青年が立ち上がる。
人々は言う。あの方こそ救世主であると・・・
ってまあ、俺のことなんだけどね。
「リョウジ様!しっかりしてください!リョウジ様!」
甲高く響く声に、俺はふと顔を上げた。
そこには、フードを目深にかぶり、銀色に輝くチェインメイルに身を包んだ女が、両の手を腰にあててこちらを睨んでいた。
なぜ、女なのかと問われれば、遠目にもわかる自己主張の激しい胸元と、キュッとくびれたウエスト、その下のスカートから覗く、スラッとした足を見れば一目瞭然である。
とはいえ、彼女の見た目に騙されてはいけない。
その背に背負った弓と矢筒、一度それを彼女が握れば、一瞬にして相手を死に至らしめる狩人と化すのだから。
「デュランド!貴方からもなんとか言ってあげて頂戴!!」
彼女は振り向くと、街道の先にいるもう一人の仲間に声をかけた。
全身を鎧で纏った大男である。
デュランドと呼ばれたその男は、チラッとこちらを一瞥しただけで、フッと嘆息したまま何も答えない。
「全く、うちの男共ときたら・・・」
ハアと、こちらにも聞こえるように、女が溜息をつく。
その様子に、俺はついに声を上げた。
「仕方ないだろ!お前らと違って、俺は魔術専門なんだからな!!」
生まれたての小鹿のように、足をぶるぶる震わせながら言っても、ちっとも迫力がないけどね。
「だから言ったじゃないですか。私が負ぶって差し上げますって」
「そんな恥ずかしいこと、出来るか!!」
「じゃあ、デュランドに・・・」
「あいつは、もう大剣背負ってんだろ」
そう、デュランドの背には、ドラゴンでも、相手にするのかという程の大剣が括り付けてあるのだ。
「問題ない」
デュランドのその声に、我が意を得たり振り向き女が言う。
「ほら!デュランドもそう言ってるじゃないですか!」
喜々としたその声に、俺はゲンナリしながら答えた。
「過保護が過ぎるって、ミリア」
身の丈ほどもある長い杖にもたれながら、俺はウンと背を伸ばした。
「それに目的地は、もう目と鼻の先だろ」
「それはそうですけど・・・」
心配そうにこちらを覗き込むその目は、完全に愛息子を心配する母のそれである。
いつから、こんな奴になったんだっけ?
少なくとも最初は、親の仇のような目で見られていたんだと思うが・・・。
そんなことを、考えながら歩いているうちに、次の街が米粒のように見えてきた。
俺の足は、既に限界を超えつつあり、杖に摑まりながら何とか歩けている状態だ。
(次は、騎獣か馬車をあつらえよう・・・)
心にそう固く誓いながら、先へ進んでいると、先頭を行くデュランドが不意に足を止めた。
その目は、街の方をじっと見据えている。
「何か、ありましたか?」
心配そうに、俺の周りを付いてまわっていたミリアが、デュランドの横に並ぶ。
その目は、一瞬にして獲物を狙う鷹の目と化していた。女って怖いねぇ。
「何かが来る」
「見えたわ!あれは・・・」
ミリアの顔が歪む。恐らくあまり見たくもないものが見えたのだろう。
彼女の眼は、生まれながら希少なスキルを持っていた。
所謂、千里眼というやつだ。
そのせいで、時折こうして、見たくもないもの見る羽目になる。
ミリアが、こちらを振り向き泣きそうな顔で、こちらを伺う。
助けに行かせてくれ。そう目で訴える彼女に、俺は冷たく首を横に振る。
ミリアが悔しそうに俯くと同時に、二人に追いついた俺の目にも、その状況が理解出来た。
「オラオラ!もっと走れ!!」
「これじゃあ狩りにならんだろうが!!」
そう怒鳴りながら、二人の騎兵が、一人の少女を追い回していたのだ。
少女の方は、息も絶え絶えになりながらも、何とか走っている状態だ。
大体、人間の子供が、馬に足で敵うわけないだろ。
二人の騎兵は、ニヤニヤ笑いながら、少女の後を追う。
少女が倒れると、騎乗したまま立ち止まり、一人がクロスボウを構えた。
「オノレ!!」
ミリアが、弓を抜き矢をつがえた。
「止せ!!」
俺は、とっさにその手を押さえた。
「何故ですか!?」
その目は、涙に濡れ、何故止めるのかと、俺を糾弾してくる。
だが、それに答える言葉は一つだ。
「まだ早い!」
その言葉に、デュランドは頷き、ミリアは唇をかむ。
そうこうしているうちに、どうやら少女がこちらに辿り着いた。
少女は、こちらに気付くと、藁にも縋る勢いで駆け寄ってきた。
「お・・・願い・・・です!た・・・すけて!」
喉が涸れて、声にならない声で、助けを求める。
少女は、ミリアの腰に抱き着くと、今一度声を上げた。
「たす・・・けて・・・!!」
その様子を、騎兵二人は、薄ら笑いを続けながら眺めていた。
「オイオイどうするよ?獲物が増えちまったんじゃねえの?」
「いいじゃないか!楽しみが増えたってもんだぜ!!」
ギャハハと下卑た笑いが響き渡る中、俯いていたミリアが、その腰に抱き着いていた少女の手を、ゆっくりと引き剥がした。
「ごめんなさい。」
その小さな声は、やけに大きく響いた。
少女は、その言葉を聞くと、諦めたような、それでいて安心したような笑みを浮かべると、意を決して再び走り始めた。
「なんだよ残念!獲物が増えたと思ったのによう!!」
「まあ、人間、誰でも自分が一番大事だよなあ・・・」
騎兵達は、そう言いつつこちらの様子を伺いギョッとした。
デュランドが、その兜の下から、睨み付けていたのだ。
騎兵達も、デュランドの装いに、今更ながら、只者ではないと気付いたようだ。
(遅いって・・・)
俺は、半ば呆れながら全員のやり取りを眺めていた。
「チッ!行くぞ!!」
「邪魔はすんじゃねえぞ!!」
二人は、慌てて取り繕うと、馬に鞭を入れた。
そのまま、少女に追いつき、俺達の見ている前で、クロスボウを抜き少女に矢を浴びせた。
一本や二本ではない。それは、執拗に少女に矢を当てた。
最初は足、倒れたところを肩、動けなくしてから、更に胸と腹に二本づつ、あれでは生きている筈がない。
一通りの作業を終えた二人は、少女の首につけてあった首輪を取り上げ、こちらに戻って来た。
「いやあ、お見苦しいところをお見せした!」
「あれは、脱走奴隷でな。これは、その証だ」
そういって掲げて見せたのは、先程少女の首にかけてあった首輪であった。
「奴隷の首輪だな」
俺が、嘆息しながら答えると、騎兵達はしたり顔で答えた。
「左様!したがってこの件に事件性は全くない!」
「理解していただけたかな?」
そのまま、二人は去っていこうとしたが、俺は二人を呼び止めた。
「待たれよ!あの少女の骸はどうなされる?弔わず、野ざらしに捨て置くつもりか?」
その問いに、二人は笑って答えた。
「放っておけば良い。そうすれば、烏共も餌に困らぬであろうよ!」
「弔いたいというなら、好きにするがいい」
それだけ言い残すと、二人は嘲笑を残して去って行った。
馬の姿が、見えなくなった頃、真っ先に動き出したのはミリアだった。
風の如き勢いで少女のもとに辿り着くと、その身に刺さった矢を抜き始めた。
そして、少女に刺さっていた最後の一本、胸に刺さっていた一本を抜いた時、奇跡は起きた。
ゲホッ!という咳と共に、少女が息を吹き返したのだ。
血を吐きながら、うつろな瞳でミリアを見上げた少女は、一言だけ呟いた。
「お母さん」と、声にならない声で囁いた。
神が、与えた奇跡はそこまでだった。
再び力をなくす少女の体、ミリアはその体を抱きしめながら、俺を振り返る。
俺が、初めて彼女と会った時の炎のような紅い瞳で、俺を睨み付ける。
「そう、怒るなミリア。美人が台無しだぞ?」
「しかし、これは余りにも!!」
絶叫のような彼女の叫びに、俺は少女のもとへ歩み寄る。
「元々、この世界ってやつは、こういうとこだ。二人とも嫌って程身に沁みてるだろ?」
俺は、街を振り返りながらそう言う。
夕日に染まった街の上を、烏の群れが舞っていた。
「あの街には、地獄が待っている。これは、ほんの入り口にすぎねえさ」
俺の言葉に、二人は言葉を失う。
これが今の世界の姿だ。弱い者達はただ、強者達の食い物にすぎず。ただ食いつぶされていくだけ。
明日に希望などなく、あるはただ、絶望のみだ。
「だけど!!」
続く、俺の声に、二人が顔を上げる。
「そんな世界の摂理なんて、俺は知らねえし。そんな世界なんて、真っ平ごめんだね」
「じゃあ」
ミリアの期待を込めた眼差しに、俺は強く頷く。
「始めようか!!」
この世界を、終わらせる戦いを!!