化身と戦う為の修行
誰かか念話に割り込んできた! でもどっかで聞いたことのある声やった。
声の主はこの場におらん、けど聞き覚えのあるもんやった。
この声は……。
『なんだ、良幸?』
そう、声の主は浅間家次男、浅間良幸やった!
『御当主様、お願いがあります! 僕に利伽さんの助力となることを許可ください!』
確りと、それでいて淀みなく良幸はそう懇願した。
そこには断固たる決意も垣間見えた。
でもその声は、1つやなかったんや。
『御当主様、是非許可ください! 私達に利伽さんを手助けする許可を!』
良幸の後に続いたんは、さっきまで話してた浅間篠子やった!
良幸は兎も角、さっきの蟠りを捨てて篠子も参戦の意思を示してくれたんや。
『儂の許可など必要ない。相手は化身、更には敵対しておる。互いに相容れぬ以上、速やかに対処するのが我ら接続師の務め……』
『そやで―――。闇落ちした接続師なんか―――袋叩きでボコボコにしたらええねんで―――』
なんや改まった良幸達の言い方に対して、重敏は兎も角、ばあちゃんの言い方は軽いなー。
『……そうですな。当家から、闇落ちした者を野に放つのは余り好ましくない。いずれは化身と化してしまう者……ならば今、この場で息の根を停めておくが宜しいでしょうな』
……まぁ、重敏は単に言い方が堅苦しいだけで、内容の過激さは互角か。
『有難う御座います! 行こう、篠子ちゃん!』
『はいっ!』
―――バババッ!
二人が返事した直後、破壊された家屋の物陰から2つの黒い影が勢い良く飛び出した!
「篠子ちゃんっ!」
「はいっ!」
二人が交わした会話はこれだけで、けどそれだけで二人は各々の役割を知ってるみたいやった。
篠子の手には、細かい意匠の施された、綺麗な白い弓が握られてる!
……あれを具現化したんやとしたら、篠子はかなり凝り性なんやなー……。
―――ピュンッ!
矢をつがえて弦を引き絞ってた篠子の指から、宗一に向けて矢が放たれた!
耳を突いた甲高い放出音は、弦から聞こえてるんかと思いきや、ほんまは矢が空気を割く音やった!
つまり、それほど高速で飛翔してるって事や!
弓矢の場合、矢の速度が速ければ速いほどその貫通力は……増す!
―――ゴガンッ!
到底、弓矢が発した着弾音とは思えん轟音を発して、篠子の攻撃が宗一の障壁と激突する!
至近距離での利伽の攻撃をあれほど躱わしてたくせに、宗一は篠子の攻撃を避けへんかった!
……いや、避けれんかったんか!?
初弾の着弾を確認するまでもなく、篠子は二の矢三の矢を放っていく!
利伽程の連射性はないけど、その一発一発が速く重い!
―――シュンッ!
足を止められて、意識が完全に篠子へ向かってた宗一の背後から、まるで鈴を振ったような美しい音色が聞こえた!
「グ……グゥ……!」
自らの防御結界を切り裂かれ自身も背中に手傷を負った宗一は、恐らくは初めてやろうダメージによる呻き声を上げた!
その傷を付けたんは……良幸や!
宗一の背後から気配を殺して近付くことに成功した良幸は、何の躊躇もなく具現化した刀で斬り付けおった!
「……自分の兄ちゃんやろ……あいつには情けもない……」
情けもないんか……と口にしかけて、俺は思わずゾッとしてもうた!
「情けは……ないみたいやニャー」
それを見たビャクは、ペロリと舌で唇を濡らしてそう呟いたんや。
ビャクの雰囲気には、何やピリピリしたもんが纏わり付いてる……こいつも何や感じるもんがあるみたいやな。
良幸の表情には、何の感情も浮かんでない……。
まるで……機械か人形や。
ただ、その瞳の奥には……怒りと……そんで、哀しみか……?
斬られた宗一は、すぐに振り返って良幸を迎撃しだした!
やたらめったらな攻撃やけど、その一振りは速く……重い!
良幸はそれを受け止める事なんかせんと、全て躱わしてみせた!
「二人とも、なんちゅう動きやねん!」
俺の口からは、思わずそんな言葉が溢れてた。
それは驚嘆もあるけど、どっか悔しいっちゅー思いも入ってた。
宗一は兎も角、良幸は俺らと同年代の人間や。
それやのに良幸の動きは、俺らでは真似出来へん位に素早いんや。
―――キュンッ!
「ヌウッ!」
良幸と壮絶な撃ち合いをしてる宗一の口から、再び呻き声が出た!
奴の背後から篠子の射掛けた攻撃が、奴の脇腹を撃ち抜いたんや!
良幸と剣を交えながら背後からの攻撃に備えるんは、なんぼ宗一でも至難やろう。
宗一かて、足を止めて撃ち合ってた訳やない。
左右上下に動いて、良幸と目まぐるしく立ち位置を替えてるんや。
それでも篠子は、最小の動きで奴の背後を取ることに成功してる!
それを可能にしたんは……良幸の誘導か!?
『あ奴等は、幼少の頃よりいつも一緒に修行をしてきた。この位の動きは、出来て当然』
俺の頭の中の疑問を見透かした様に、重敏はそう解説した。
でもそれやったら、また別の疑問が浮かんでくる。
「お……俺等かて、小ちゃい頃から一緒に修行してきたで!? けど多分、あんな意志疎通は無理や。それに良幸と篠子の攻撃は、なんであんなに強力なんや!? 簡単に宗一の防御を斬り割きよったで!?」
そうや、修行してきたゆーたら、俺等かて負けてない。
『君達のしてきた修行とは、修行の質が違う。それはこちらの方が厳しく辛い……と言うのではなく、その内容によるんだが』
なんや? 内容やて?
俺が押し黙ったんを、間を取って確認した重敏が話を続けた。
『浅間の者は、物心つく前から修行を開始するのだが、それだけならば然程珍しくない。そう言う寺社や宗験道も少なくないからな。だが我ら浅間の修行は、徳を積むためでも悟りを開くためでもなく、ましてや家を継ぐだけの為でもない。全ては化身と戦う為のものなのだ』
「……へ?」
俺の口からは、そんな呆けた声しか出んかった。
正しく、理解に苦しむってやつや。
物心ついたときから……化身との戦闘訓練やて!?
そんなん、正気の沙汰やない!
俺等が子供の頃からやらされてきた修行も、年齢の割には厳しいもんやった。
なんで家が神社やねんって、何回も泣き言言うたん覚えてる。
それでもその修行内容は、所謂寺社で行われてるもんと大差無い……と思ってる。
他宗派の修行なんて知らんけど、だいたい聞き知ってるんと変わらんからな。
けどそれも、「一般的な」部類に括られる。
ちょ―っと体術訓練が多いなーくらいや。
けどなんやねん? 化身との戦闘訓練って!?
そもそも、俺等が化身の事を知ったんはつい最近や。
それまでは、世の中は化身の類いがおるなんて、本気で考えてなかった。
……っと、なんでかビャクがジト目で睨んできよった。
心読めるんかいな、コイツ……。
ほんま、似んでえーとこはばあちゃんに似てきおるなー……。
『君達が化身の事を知り、害ある化身と戦うようになったのはつい最近と聞き及んでいる。その事に不思議はないし、仕方の無いことだとも思っている。それ故に、君達と良幸達の力を比較するのは止めなさい』
だから、あいつらは俺等と違うっちゅーんか?
あいつらは、化身との戦いに特化してるって割りきれって?
けど、なんやモヤモヤするんや。
同い年やのにこうも実力差を見せつけられたら、そらー何も考えんなっちゅー方が無理や。
そんな事が頭の中をグルグルしとったら、いつの間にか戦闘音が聞こえんよーになってたんや。
化身と戦う為の修行やて? 子供の頃から……いや、生まれたときから化身と戦うためだけに修行するなんて、正気の沙汰やないで。




