強襲
浅間祥子の部屋を出た俺達。利伽はズンズンと廊下を早足で進んでた。
浅間篠子との会談? を終えた利伽は、俺達に割り当てられた部屋へと向かってずんずんと廊下を歩いてた。その後にビャクと蓬も無言で続いた。
「ちょーっ! ちょーって! 利伽、ちょい待てよ」
先を進んでる利伽に、俺は声を押さえてそう呼び掛けたけど、当の利伽はそんなんお構い無く突き進んでる。
「なー! 何怒ってんねん?」
そんな利伽に、俺は更に呼び掛けた。
かなーり声を低くしてんのに、広くて静かな廊下やとやたら声が響いてた。
利伽は怒ってる。
珍しいことやけど、それは間違いない。
付け加えたら、ビャクと蓬も気分を害してた。
そこら辺は女性にしか分からん事があるんやろーけど。
たださっきの話で、何に怒ってるんか俺には分からんかったんや。
―――ピタッ。
不意に利伽、ビャク、蓬が立ち止まった。
何の声も掛けられんといきなり止まられたから、俺は危うく最後尾の蓬にぶつかりそうになった。
「……私は……絶対あんなん嫌や」
そして利伽はそうポツリと漏らしたんや。
小さくやけどビャクと蓬も頷いた。
「あんなん……って……」
あんなんってどんなんや?
篠子の境遇か?
それか……良幸の心情か?
でも人にはそれぞれ、従わなあかん流れ……運命ってやつが少なからずあるからなー……。
「タツはあの娘の境遇を、運命やからしゃーないって思ってるやろ?」
「うっ……」
図星を突かれて、俺は思わず言葉を詰まらせてもーた。
それを見たビャクと蓬は、やれやれと言わんばかりにほとんど同時に首を振った。
どうやらその考えは、女性陣には受け入れられへんよーやった。
「あんなー……どんな境遇でも、結局は自分で選んだ結果なんやで? 生まれや出自、周囲の環境が違うんは当たり前や。けど、それに流されるって選択したんは誰でもない、自分なんやで?」
利伽は俺を諭すようにそう言った。
確かにそれも一理あるけど、逃れられへんもんってのは確かにあるんちゃうか?
例えば……。
「でも、じゃあ俺等が接続師として生まれて、今まで過ごしてきたんはどうやねん?」
少なくとも俺には、今に至るまでに選択肢はなかった。
家とばあちゃんの言われるままに社の仕事を手伝って修行して来たんや。
そこに自分の人生を選択する余地なんか無かったんや。
「子供が親の言う事を聞くんは当たり前やん。育てて貰ってるんやからな。でもほんまに嫌やったら、やっぱり私はそうゆーてるし、その為の努力もすると思うわ。まぁ私は、今の生活も接続師としての使命とか責任も好きやけどな」
「でもそんな人ばっかりとちゃうやろ? 嫌な家業を無理やりやらされたり、その家のしきたりに従わされてる人もおるんちゃうんか?」
それは正しく、さっきまで話してた篠子とか良幸がそうなんちゃうやろか?
良幸は兎も角、少なくとも篠子は家のしきたりやら自分の運命に翻弄されてる様にしか見えんかった。
「ほんまに嫌なんやったら、そう声を大にして言わなあかんわ。勿論、ちゃんとした理由と代案も必要やけどな」
「……代案?」
自分の人生を変えるのに代案なんかいるんか?
親の理解とか承諾の方が必要なんちゃうんか?
「そうやで? ただ嫌や嫌やってゆうだけやったら誰にでも出来るわ。でもそんなん、ちっちゃい駄々っ子と変わらんやん。ほんまに嫌で我慢できへんねんやったら、確りと自分の考えを話して、その為にする努力と代案をちゃんと示さんと話にもなれへんと思わん?」
確かにそれにも一理ある。
自分が気に入らんから嫌やって言うだけなら誰にでも出来る。
世の中には嫌な事の方が多いんちゃうやろか。
やからってあれも嫌、これも嫌なんてゆーとったら、そらー親も周囲の人かて認めてくれへんわな。
嫌な事を免除してもらう代わりに自分はこうする、その為にこんな努力をするって具体的に話さんと誰もまともに聞いてくれへんわな。
「ウチも契約と使役に縛られてるけど、ほんまに嫌やったらどれだけ自分が傷つこうが反抗するニャー。その為に最大の力も使うし、どんだけ傷ついても構わんって思ってるニャ。まー、ウチはタッちゃんとの生活が気に入ってるけどニャー」
そう言ったビャクは照れながら「ニシシ」とはにかんだ。
「……私は尸解仙として、本来ならば仙人になる為より高みを目指す修行を行わなければならないのでしょう……。でも今の私はそうしたくありません……。それは本来の仙道から外れたものかもしれませんが、今の私がそう考えているのですから仕方ありませんし、そこに厳刑があるのならば甘んじて受けるでしょう……。それでも私は今の考えを変えるつもりはありません」
そしてその後を蓬も続けた。
利伽達の言う事はもっともやけど、そう行動出来る人ばっかりやないってのも事実や。
利伽達の気性は自分の運命を切り開けるだけのものかも知れんけど、そう強い人間ばっかりやない。
「それよりも私が気に入らんかったんは、篠子ちゃんが『自分は被害者や』って思って動く事を諦めてるって事や。彼女の顔には、楽して良幸さんの近くに行ける私に対して、羨ましさと妬ましさが籠ってたわ。でも彼女の口から出て来たのは『しゃーない』だけやった。歯噛みするくらい悔しい癖に、それに対して何かしようって気概が感じられへんかった。だから……」
一気にまくし立てた利伽は、そこまで話してハッと我に返って、プイッと顔を明後日の方向へ向けてもうた。
自分でも話し過ぎたって思ってるんかもしれん。
でもそこまで聞いて、漸くさっき見た篠子の表情にも納得がいったんや。
彼女は自分の人生や運命、状況を嘆いてるだけやなくて、利伽の事も妬んでたんやな。
利伽に愚痴は吐きだしても、だからどうしたいって話が出てこうへんかっただけやなくてただ羨ましがるしかせーへんかったんや。
俺はあの時、思わず同情しそうになったけど、利伽ヤビャク、蓬が気分を害してたんはそう言う理由やったんやな。
「タツやったらどうするん? もし自分がそんな状況に追い込まれたら、やっぱりそのまま『しゃーない』って流されるん?」
「えっ……!?」
そしていきなり話の矛先は俺に振られた。
俺は今までは「しゃーない」の人生やったと言っても過言やない。
家がしきたりで御山を守るってゆーんも、その為に厳しい修行をしなあかんのも、他の奴らと違う生活を強いられるんも。
嫌やとか苦しいとか、逃げ出したい投げ出したいって考えた事も無い。
全ては「しゃーない事」やったんや。
当然別の事をしたいなんて考えた事も無かった。
今回の利伽の見合いも、俺の中では嫌な事なんやろうけどそれも「しゃーない」で済ましてる。
もっとも俺がその事で大きなアクションを起こさんかったんは、この見合いが成功せーへんって心のどこかで思ってた……信じてたからかもしれんけどな。
利伽が素直に見合いを受け入れるなんて思われへんかったからや。
実際今までの経過を見ても、利伽はこの見合い話を進める事は無いやろう。
それも俺が未だに行動を起こさん理由でもある。
けど……もしそうじゃなかったら?
俺は利伽の為に、自分の為に何かをするんやろか?
「……俺は……」
―――ズンッ!
俺が口を開いた瞬間、周囲を巨大な霊圧が襲った!
「な……なんやっ!?」
「こ……これって……!」
「……あいつやな……」
「……はい……」
慌てる俺と利伽とは違って、ビャクと蓬はこの圧力の中平然としてる。
流石はと言ったところやけど、この原因は……?
「……ははは……待ちきれなくなってしまいましたよ」
長い廊下の先に、白装束の男が立ってる。
それは昼間にも見たシルエットやった。
廊下の先では、眼に狂気を浮かばせた浅間宗一が、長い髪を振り乱して禍々しい笑顔を湛えて立ってたんや。
明らかに好戦的な雰囲気で俺達の前に現れた浅間宗一。待ちきれなかった……ってのは一体……?