結婚の条件
「注文は風邪薬と塗り薬かしら?」
マリーは睫毛をしばたかせながらノエルに聞いた。
上目遣いで問うマリーはとっても魅力的だ。
「うん、それはもちろんなんだけどね。マリーが先月から作ってくれているあの美肌の為のハーブ水にクリームねあれが大量に発注がきてしまってね。50本に30個ほどなんだけど作れるかな?」
マリーは思案しながら答える。悩んでいる顔も可愛らしいのに本人は気がつかない。
「作れないことはないんだけど。ハーブが足りないかもしれないわ。そんなに誰が買うのかしら」
ノエルはくるくると表情を変えるマリーに釘付けになりながら説明する。
「こんど開かれる夜会がね実質王太子姫候補をさがす夜会だそうでね。貴族のお嬢様達がこぞってお肌のお手入れからドレスの新調まで大騒ぎなんだよ。マリーも知ってる?」
当のマリーにはお肌のお手入れなんて必要ないくらいきめの細かい白い肌をしている。
「ああ、それが原因なのね。私も噂で聞いたけど本当に困ってる方への薬を優先させたいわ、材料だって季節にならなきゃ手に入らないものだってあるし」
マリーの薬剤師としての真摯な答えに感心しながらもノエルは別のことを聞きたくなる。
「マリーは興味ないの?恋愛とか結婚とか?」
大きな瞳をもっと大きくしてマリーは答える。
「へ?……無いわ。結婚なんてしたら薬の研究ができなくなっちゃうじゃないっ」
ノエルはさらに畳み掛ける。
「ふーん、じゃあ薬の研究を邪魔されなければ結婚してもいい?」
マリーは考えてもみなかった事なのか小首をかしげながら
「……そ……う……かな?」
と呟いた。
ノエルはその答えに満足と安堵を覚えた。
「足りない材料はこっちで手配するから今回は作ってやってくれないかな?」
「うん、わかったわ」
「助かるよ。はい、今日はメレンゲを焼いたのとシフォンケーキだよ。マリーがふわふわとサクサクが好きだって言うからね」
ノエルはマリーに贈るためだけに菓子作りをしている。
「うわぁ……ありがとう」
これ以上ない満面の笑みを浮かべるマリーをノエルは喜びで見つめる。
この笑顔の為ならなんでもできると思いながら。
「シフォンケーキはホイップした生クリームを添えて食べると絶品なんだけど家には生クリームありそう?」
彼女の家には生クリームくらいいつでもあるのはわかっている。
天下の伯爵家のお嬢様なのだから。
「大丈夫よ。早く食べたいわ。じゃあまた来週ね」
短い逢瀬に胸を焦がすノエルは言葉を重ねる。
「あ、マリー、僕は薬の研究を邪魔しないし、マリーの好きなお菓子を沢山作れるよ」
ノエル渾身の告白だがマリーには届かない。
「ん?そんなこと前から知ってるわよ?おかしなノエル。じゃあね」
鈍感なマリーはにっこり笑うといつものように駆け出さんばかりに出ていった。
ノエルは一人呟く。
「アスキス、僕は本当の意味で言ったんだよ。君は夜会に来てくれるかな……」