黒い糸3
恐怖という種は、瞬時に発芽すると
瞬く間に根を広げ、僕の体を支配した。
そして、葉をつけ花を咲かせる手前で
「であああー!!」
僕は耐え切れずに、奇声を発した。
その叫び声は、家の外に聞こえるほど大きな声で
キッチンで朝食を作る母の耳にも届いた。
叫び声を聞いた母は、部屋へと飛んで来た。
「翔どうしたの!!」
息を荒げる母は、慌てていたのだろう
右手にはお盆を持ち、左手には和え物が入ったこばちを持っていた。
慌てていたのだ。
だが、そんな母よりも、僕は慌てていた。
「母ちゃん!母ちゃん!大変だ!こ……れ……」
しかし、糸が結ばれた小指を突き付けながら
僕は言葉を詰まらせた。
それは、すり抜けていたからだ。
僕の小指から伸びる黒い糸が、ドアの前に立つ母の体をすり抜けていたのだ。
「母ちゃん!!!」
僕は上手く声を出すことが出来ず。
大きく手を振った。
ジェスチャーで右に寄るように促したのだ。
「な〜に?どうしたの?」
母は眉間に皺を作り、訝しげな視線を向けた。
僕の行動が、理解できなかったのだろう。
「いいから!早く右に寄ってよ!」
僕は搾り出すように、必死にいった。
すると、その必死さが母に伝わったのか、困惑した表情を作りながらも
横に少しだけずれた。
「何よ〜……」
僕はそれを確認し、ほっと、胸を撫で下ろした。
そしてすぐに、再度、母に小指を突き付けた。
「母ちゃん!糸、糸、どうにかしてこの糸!」
「は〜?……糸?」
「そう!この黒い糸、外してくれよ〜」
母は眉を寄せながら、あんたね、とため息混じりに口を開いた。
「なに言ってんの、どこに黒い糸があるのよ!?」
「え!?」
僕は絶句した。
「忙しいんだから〜寝ぼけてないで、早くご飯食べちゃってよ!」
「ちょっ……待って!……見えないの?」
母は何も答えずに、部屋から出ていった。
僕は目を擦った。
目を擦りながら、心のなかで祈った。
『夢なら覚めて』
と……。