窓際のクラスメート4
なかったよな?
思い出していた、金田に促されて、真理子を見た時のことを……。
窓際に座る真理子は、頬杖を突いて、窓の外を眺めていた……。
頭に浮かんだ映像は、朧げな記憶ではあったが
あの時には見えなかったように思えた。
それなら、あれから30分たらずの間に――
というよりも、僕が寝ている間に、真理子の小指に結ばれたことになる……。
『結ばれた?』
僕は、その言葉に違和感を覚えた。
そもそも、結ばれたという言葉は、正しい表現なのだろうか……。
結ばれた。
結んだ。
結んであった。
幾つかの言葉を頭のなかで反芻させたが、どれもしっくりこない。
考えたところで、眉間に皺ができるばかりで、答えには行き着かない。
頭のなかは混乱する一方だった。
「ん〜……」
真理子の小指を見つめる僕の顔は、難しそうにしかめていた。
「ん?」
すると、せわしなく動いていた真理子の手が、いつの間にか止まっていた。
僕は目を細めた。
ただならぬものを感じ、小指を見ていた目を、真理子の顔にそっと移した。
「あっ……」
そして僕は、思わず口から声を漏らし、びくっと背筋を伸ばした。
真理子が不思議そうな表情を浮かべて、こっちを見ていたからだ。
僕は戸惑った。
戸惑いながらも口元を緩ませ、真理子に向かって笑みを作った。
それは照れ隠しの意味を含んだ、偽りの笑み……。
それを見た真理子は、本質を見透かしたように、露骨に顔色を変えた。
まるで、変質者でも見るような、軽蔑の眼差しを僕に向けてきた。
僕は、一瞬うしろを確認したい衝動にかられた。
真理子の眼差しが、僕へではないのでは、と思ったからだ。
しかし、自分の言動を考えると、真理子の瞳が僕を捕らえているのが
間違いではないと、納得ができた。
それどころか、それが当然とさえ思えた。
顔をしかめて見つめる男が、気付かれてとっさに笑みを見せる。
そんな男を、変質者を見るような眼差しで見返しても、仕方がない。
だが、それは誤解である。
僕としては、嬉しいものではない。
だからがぶりを振り、黒い糸が結ばれた手を顔の横に持ち上げ
真理子の顔と、持ち上げた手を交互に見ながら、合図を送った。
これで誤解が解ける。
僕はそう思った。
真理子の小指からも糸が伸びているのだから、真理子にも見えている。
そう思ったからだ。
しかし、それが間違いだった……。
真理子は、すぐに反応を見せた。
その反応は、僕の思っていたものと少し、否そうとう違っていのだ。
真理子は頭を少し傾けながら、声は出さずに唇だけを動かした。
その視線は、蔑んだ目で僕のこと見ている。
「なっ……」
真理子の口が何といったのか、すぐにわかった。
僕は言葉を詰まらせた。
その唇は、僕に向かって『キモい』、とはっきり動いていたのだ。
僕は笑みを作り続けながらも、奥歯に力を込めた。
不自然な表情だ。
だが、真理子はそれを無視して、ふんっと鼻を鳴らし、視線を黒板に戻した。
そして、またせわしなく手を動かし、ボールペンをノートの上に走らせた。
小指に結ばれた黄色い糸もまた、その手の動きに合わせて揺れていた。
「なんだよ……」
僕は呟いた。
どうやら真理子には、糸が見えていないようだ。
はっきり訊いた訳ではないが、今のやり取りでそう推測ができた。
そう考えると、僕がしていた行動が、急に恥ずかしく思えた。
しかし、改めて真理子が苦手な女だと思った。