窓際のクラスメート3
背中の痛みに堪え、どうにか授業を受けていたが
僕はその授業に集中することが出来なかった。
その理由は、紅葉の痛みのせいだけではなく
目まぐるしく頭のなかを駆け回る、クエスチョンマークにも原因があった。
二酸化炭素がどうとか、二酸化窒素がどうたらという難問は
頭のなかに入り込む余地がなかったのだ。
そもそも、そんなものを習ったところで、将来なんの役にもたたない。
今の僕には――
いつ役にたつとも知れない授業よりも
芽生えた疑問を考える方が先決だった。
目を閉じると次々に浮かんでくる。
黒い糸、佐伯、夢の女の子、そしてなぜか金田の顔も浮かび
それがクエスチョンマークへと変わった。
考えるほどにそれは増え、さながら負のスパイラルに陥ったようだ。
僕の脳はそのクエスチョンマークで埋め尽くされ
すでにその処理能力を大幅に越えている。
頭の思考回路は、パンクする寸前だった。
「はぁ〜」
自然に大きなため息が漏れると
『わからない……』
心の底からそう思った。
グルルル〜
魔王が目を覚ましたのは、そう思ったときだった。
お腹を摩り宥めようと試みるが、魔王は怒りを抑えてはくれない。
「お腹すいた……」
やはり牛乳だけでは、満足できないようだ。
教室なら、弁当を摘むこともできたのだろう。
しかし、ここは理科室だ。
さすがに弁当は持ってきていない……。
それでも、どうにか空腹という名の魔王を抑えられないものかと
ある筈がないと知りながらも、一握りの希望を込め、理科室を見回した。
だが、案の定僕の目に飛び込んで来る物は
ビーカーや三角フラスコ、人体模型の類い……
空腹を抑えれるような物は一つも無かった。
剥製が目に入ったときは、一瞬心が揺れた。
口一杯に広がる唾液を抑えるのに、苦労した。
僕は頭を左右に振り、邪な考えを振り払うと
剥製に静止する目を、無理やり窓へと向けた。
窓の外の景色は、僕の心を投影するかのように
灰色の空が広がり、曇り空に変わりつつある。
雨が降る……
僕はそう直感した。
そのまま垂直に一瞥をくれると、そこには真理子の姿が見えた。
真理子は、黒板の文字をノートに写していた。
黒板を数秒凝視しては、それをノートに正確に写している。
その動きは、一定のリズムを機械的に刻んでいる。
流れ作業のような動きだ。
真理子の手は、せわしなく動き続けていた。
「ん、なんだあれ……?」
僕は眉を寄せた。
せわしなく動かされた真理子の手に、何かが見えたからだ。
その瞬間、体のなかを風のようなものが吹き抜けた気がした。
それは、僕の胸の奥をかすめてざわめかせた。
真理子の細い小指に、手の動きに合わせて、何かが揺らめいている。
僕の目は、その何かに釘付けになった。
僕は首だけを少し前に出し、瞼を高速で上下させ、目を凝らしてそれを見た。
そして、漸くそれが何なのかを認識した。
「糸……だよな」
僕は自分の目を疑った。
目頭を指で強く押し、もう一度それを見直す。
「やっぱり糸だ……」
僕にはその揺らめくものが、何度見直しても、糸にしか見えなかった。
しかも、僕にはその糸が、自分の小指に結ばれた黒い糸と同じものだと
――すぐにわかった。
なぜなら、真理子の小指から伸びるその糸が
隣に座る生徒の体を、すり抜けていたからだ。
僕の体を吹き抜けた風は、いつの間にか強風へと成長していた。
そして、僕のすべての感情を吹き飛ばした。
体中の血液が逆流しているかのように波打ち、僕の体が熱くなる。
全身の体毛が逆立つのを覚えると同時に
真理子の小指から伸びる糸が、僕の糸と少し違うことに気が付いた。
真理子の糸は、黄色い色をしていた……。