国語教師4
「マジか〜!!」
その声は、教室中に響き渡たるほどの、とても大きな声だった。
金田は数人の視線を集めたが、そんな視線をものともせずに
眉を少し吊り上げながら、話しを続けた。
「翔〜、それ本気か?」
「えっ!……マリコって誰だっけ?」
「ひどい……そこまでの男とは……」
金田はそういうと、怪訝な表情で体を潜めながら、親指を横に傾けた。
僕は横目で、親指の先に視線をやった。
金田の親指の先には、顎に手の甲を添えながら
窓の外を眺める一人の女子生徒がいた。
僕は女子生徒を見るなり
「あ〜あいつか!」
頭の片隅にあった記憶が、鮮明に蘇った。
真理子だった。
「同じクラスだぞ……」
呆れた表情で、金田がいった。
「話したことね〜し」
僕は言い訳をいう。
真理子のことは、2年に進級したときのクラス替えで、初めて知った。
肩まで伸ばした髪を微かに茶色く染め。
いつも窓の外を見ながら物思いに耽っている。
余り友達はいないのだろうと思う。
彼女が誰かと話しているところを、僕は見たことがなかった。
彼女についての認識は、それくらいしか僕にはなかったのだ。
どこか独特の雰囲気があり、近づき難い物腰をしている。
僕にとって彼女は、苦手、という類の女性だった。
会話を交わしたことが無いのは本当のことだ。
それでも、それはやはり言い訳でしかない……。
「で、どうするってなんのことだよ」
クラスメートを忘れていた罪悪感から、早く話しを進めたかった。
だから少しだけ、不機嫌そうな口調でいった。
金田は怪訝な表情をしていたが、僕がそういうと
いつもの締まらない顔に戻った。
金田にとっても、真理子はそれくらいの存在でしかないのだろう。
「見に行こうぜ?」
「は〜?」
「だから〜、真理子が達也に告るとこだよ!」
金田は、ニヤッ、と悪い表情を見せた。
「いかね〜よ!」
僕は顔をしかめて、金田に言葉を返した。
なぜ会話すら、ろくに交わしたことの無い女の
告る姿を好き好んで見なければならないのだ。
『くだらね〜』
頭の中でそう思った。
そして同時に、そんなくだらない話しの為に
授業中に席を替えるほど興味津々な金田が、幼稚に見えてきた。
金田は残念そうに肩をすくめ、上目使いでもう一度いった。
「見に行こうよ〜」
「いかね〜て」
僕も、もう一度、今度は強い口調でいった
そんなくだらないことよりも、僕には確かめたいことがあるのだ。
それは佐伯のことだ。
あの佐伯の冷たい視線が、気になっていた。
あれから佐伯の視線は感じなかったが
しかしあの一瞬、佐伯には見えていたのだと思う。
そうでなければ、佐伯の動揺に納得が出来ない。
佐伯にはやはり見えていたのだと思った。
僕の小指に結ばれた、この黒い糸が……。
そう思いながら、僕は黒い糸を見つめた。