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小竹の短編小説

彼女はメデューサを見た

作者: 坂町 小竹

 朝。何気ない朝。私にとっては何気なくても、他の誰かにとっては、重要な朝かもしれない。そんな哲学的な事を考えながら、携帯を見る。着信履歴が一件。親友の柚子からだった。私は柚子にかけ直してみた。

「……おかけになった電話番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります」

 柚子ったら、充電していないのか。夏休み初日から怠ける柚子もどうかしている。仕方なくジャージに着替えて朝のウォーキングへ行くことにした。両親は昨日から一週間祖母の家へ旅行に行っている。私は祖母の家へ行っても退屈だろうということで、家の留守番を頼まれている。だから自分でご飯を作って洗濯をしなければいけない。近所の犬の散歩をしているおじいさんに挨拶をして、今日の予定を考えていた。朝食、洗濯、掃除、宿題…。朝することだけでもたくさんあった。

 これ以上の用事はないで欲しい。家に帰って朝食を食べ、いろいろ済ませ昼になった。もう一度柚子に電話をかけてみた。しかしまた同じようにかからない。柚子の両親は早起きに厳しいはずなので、少しおかしいと思った。しばらくとぼけていると、柚子の母親から電話がかかってきた。

「もしもし…みずきちゃん? ちょっといいかしら」

「はい?いいですけど」

「あなたと一緒に柚子いる?」

「いませんけど……。柚子ちゃん、いないんですか?」

「いないのよ…昨夜から。お散歩に行くと言ってそれから帰ってこないの」

 それなら携帯が繋がらないのも分かる。

「家出ですか?」

「昨日は叱ってないわ。逆にあの子すごくいい子にしていたもの。見たら言ってね。おねがい」

「はい」

 どうしよう。柚子がいなくなったら私はどうなるんだろう。私はいつも二人で寄る公園へ足を伸ばしてみた。いない。学校の周辺にも、いない。裏山に少し入って柚子を呼んでみたけどいない。気付くと夕方だったので家へ帰った。

 翌日、柚子の母親に電話をかけてみた。

「はい。柚子の母です」

「みずきです…柚子ちゃん見つかりました…か?」

「いないわ。警察にも調査をお願いしているんだけど、見つかっていないらしいの」

「わ、わかりました……」

 体中が震えていた。見つからないはずないと心のどこかで思い、またもういないという思いもあったので柚子を探しに裏山へ直行した。なぜ裏山かはわからなかった。ただ柚子に会いたい思いでひたすら“目的地”へと急いだ。どんどん中へ入っていく。一瞬、近くに柚子がいたような気配がした。私は彼女の名前をできる限り叫んでみた。聞こえてくるのは木のざわめきと山彦だけだった。ひたすら裏山の中を歩き回っていると警察官に見つかり、もう遅いというので引き返された。

 その夜、私は眠れなかった。彼女は、私の親友柚子は、誘拐されたのだろうか。そして違う町に行ってしまったから誰も見つけられないのだろうか。それとも……殺されてしまったのだろうか。昨日柚子がいなくなったことを知ったときは、まだ軽く帰ってくるだろうと思っていた。でももう三日目だ。食糧を持って行っていたとしても足りなくなるころだろうし、どこかのコンビニで買っていたりするのなら、警察が見つけてくれているはずだ。

 真夜中。玄関のチャイムが鳴った。戸を開ける。そこには、涙目の柚子がいた。

「柚子ちゃん!! 帰ってきたんだね! 心配したんだよ? 何していたの」

「帰ってきてないの」

「でも、私の家に帰ってきたじゃない」

「みずきちゃん。今までありがとう」

「えっ?」

「大好き」

柚子がいきなり抱き付いてきた。……でも何かがおかしい。そう、柚子が重かった。

「あれ? 柚子ちゃん?」

 返事は無かった。その代わりに、目覚ましのアラームが鳴り夢から覚めた。見回しても、柚子はいなかった。

 朝のウォーキングもほったらかしにして裏山へ急いだ。昨日の夢に何か関係があるのかもしれない。昨日柚子の気配を感じたところの近くへ行ってみた。まだ朝で、普段薄暗い裏山も少し明るくなっていた。360度見渡す。何か黒い影があった。柚子と全く同じ丈に見えた。その陰に近寄ってみたら、ただの石だった。いや、たかが石されど石というものなのか。人間の形をしていた。まさかと思い顔のある方に移動して石に覗いてみた。

 柚子だった。私は信じられない思いと恐怖でいっぱいになりその場から咄嗟に走り去ってしまった。必死の思いで家の鍵を開け自分の布団にもぐりこんだ。これは悪夢なのではないかとも思った。しかし頭の中は柚子の顔をした石以外に思い浮かぶものもなく、ついには大声で泣いていた。

 しばらく泣いてやっと落ち着いた頃だった。私はふと疑問を持った。柚子はなぜ石だったのか。石、石、石……。人間が石になる。そういえば、神話に出てくるメデューサは、目を合わせたら石になると聞いたことがあった。まさか。そんなものが存在して、ましてや私の町にいて私の親友と目を合わせるなんて。

 時計を見ると、まだ朝の九時だった。柚子の居る場所にもう一度行こうと思ったが、おなかも空いていたので目玉焼きとオレンジジュースを飲み、裏山へ向かった。柚子の顔をした石は一ミリも動かずにそこにあった。私は石に抱き付いた。柚子とのお別れとして。その時に夢の中の柚子がなぜ重かったかもわかった。

「元気でね」

 そう言って私は柚子を見た。彼女の顔は動かないままだった。

 朝。何気ない朝。その時は何気なくても、後からしては、重要な朝かも知れない。そんな哲学的な事を考えながら、百円ショップにありそうなしょぼくて、でも柚子らしい写真立てに目をやる。時の止まった屈託のない笑顔は、いつまでもそこにあった。


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