異変の話
身なりをととのえて、八雲さんに終わったことを伝えると。ベッドの上に、白い台が設置されていて、その上に食事があった。白ご飯、焼き魚、たくあん、梅干や漬け物と、全体的に『和』を感じる飯。俺が台に置かれている飯を見ていると、八雲さんが扇子で口元を隠しながら、目を細めた。
「食べなさいな。お腹空いてるでしょう?」飯を指差した。
食べていいのか。なら食べよう。
ベッドに座る。合掌して挨拶した。まともな食事はこれが初めて。知識はあるけれど、食べたことはない。そんな感じだ。味もなんとなくわかる。けれども、食べた瞬間、『そういえばこんな味だったなぁ』と思い出すようなんだ。
食後の挨拶を終えて、八雲さんを見る。座って待っていた八雲さんは、パチン。と扇子をとじて立ち上がった。
「終わったかしら。じゃあ行きましょう」
まだ食器をなおしていない事を伝えようとして、視線を落とす。しかし、何故か食器は無くなっていた。
ええー? なぜ無くなってるんです? 本当……、不思議だなぁ……。もしかしたら俺がいた平和な日本ではなかったりして。もしかしたら異世界だったりして。なーんてね。そんなわけないか! あっはっはっは!! ……違うよね?
出ていく八雲さんを追いかけ、廊下を歩く。部屋とは違って、普通に和風っぽい。一軒家というより、屋敷を感じさせるその廊下を、進み、一つの扉を八雲さんが引く。開いて入った先は、居間で、八意さんと、昨日フラッシュバックで見た黒髪の美人が着物を身にまとい、ソファーに座っていた。フローリングの洋室だった。
なぜここは洋室なんだ。和室で良いじゃないか。いや、屋敷でも、全てが和風でもないからな。多分。なら洋室もありなのか? でも、なんなら統一しようぜ……。俺が言う権利ないけども。
ソファーに座っていた黒髪の女の人が、立ち上がり、気品、優雅さを全面に出して、お辞儀をする。
お姫さまみたいだ……。可愛くもあり美しい。この人から目を離せない……。しかし、速さが足りない! 速さが足りなければ俺の目をひくことは出来ん! わはは。
「私は蓬莱山 輝夜よ。貴方が記憶を持っていないことは聞いてるわ」『にこっ』全てを魅了するような笑みを浮かべた。しかし、俺には効かない。とでも言うように、負けじと笑みを作った。
「おはようございます。蓬莱山さん」
名前は既に知ってる。なら自己紹介は必要ないだろ。あまり未知 神楽の名前を言いたくない。この男の名前だからな。皆早く記憶を取り戻してほしいんだ。俺には用がない。それを心にとどめておかなければ。くそ。本当にどうしてこんな苦しまなきゃ駄目なんだ。
顔をしかめそうになるが、なんとか止めて、ソファーで足を組んでいる八意さんにも挨拶をした。二人とも返してくれる。その後、蓬莱山さんが座るよう促す。俺は空いているソファーに浅く腰掛け、八雲さんは深く座り込む。
なんでゆっくりしてるの? ゆっくりしていってねなの? ばかなの? 死ぬの? いや、死にはしないしこれただのネタだけどさ。え、これどうしたらいいの。気まずいんだけど。外に行くんじゃないの?
「これから、幻想郷を見て、まわるの。ここは貴方のもう一つの家でもある『永遠亭』よ。ここで適当な話をした後、外に行くわ」
八雲さんが切り出す。ただ、と続けた。「貴方は飛べないでしょう?」
人間って飛べるもんなの? いやいや、人間が飛べるって。ファンタジーじゃないんだからさ。SFじゃないんだからさ。箒で飛ぶの? なわけないじゃん。タケコプターつけるの? なわけないじゃん。その光景をみると、俺の頭がちんからほいするわ。いや、もう一つの家っていうのも気になるけどそれ以前に飛べる事が俺にとってなによりの衝撃だ。
この時間僅か一秒だ。そんなことは置いといて。
「飛べないのはここでは致命的。教える時間も惜しいから、私の能力で送っていくわ。もう手配はしてるから攻撃なんかはされないわ。寧ろ友好的に話をしてくれるはずよ」
いや、はずよ。じゃないんだよ。断言しろよ。おい。え、危険なの? 本当に日本じゃないの? 銃とか普通に持ってるの? 貴方たちはその笑顔の裏に銃を隠し持ってるんですか。なにそれ怖い。危険だよこの人達。
「貴方が何を考えてるかは気にしないでおいてあげるわ」
八雲さんが唐突に俺を見て、囁くように。その顔にはなんとなく怒りマークがみえるよう。凄く怖くなった俺は謝ろうと「ありがたき幸せ」したが違う言葉が出た。仕方ないので、そのままこの男の話を聞く。
ここは結界に覆われ、隠された場所。どうやらこの男は自由奔放、自分勝手な人間だったらしい。いや、半分は人間じゃないらしい。もう驚かない。寧ろ昨日の柵を壊したのを見ると、なんとなくわかる気もする。
そして、この男は『最強の半人半妖』という、二つ名を持っていたらしい。しかし、ある日、外の人間にここの存在がバレて、その人間の記憶を消しに八雲さんが向かい、この男がここの住人達と結界の強化をした。でも、そのせいで、力の大半を失ったらしい。そこから妖怪達に襲われる事もしばしば。
八雲さんが向かった、記憶の消去は、順調だったらしい。だが、はめられ、何かの装置にいれられたあげく、意識が無くなったんだと。
ずっと暗闇で、もう一人の八雲さんの話が一方的に聞こえてたらしい。でも、この男、神楽の声が聞こえた。急に視界が開けて、見えたのは神楽と対峙している所。必死に、洗脳に抵抗して、なんとか力を弱める事が出来た。でも、やはり、それでも力の差は歴然で、薬を飲ませてしまったらしい。
負けて、意識が戻った時にはこの男はボロボロ。痩せこけて、目に光が無く、顔は死んだかのごとく、表情が消えても、八雲さんの頬を撫でていたらしい。
ここまでしてしまった、こんな事を引き起こした、私がちゃんと考えて動いていたら。と一気に出てきて、なんとか自我を保ちながらも、しかし半狂乱で謝ってしまった。
そんな私を優しく『お前のせいじゃない』と掠れた声で言ってくれた。と。その後、白目を向きながら、倒れて、ボロボロの手を彷徨わせていた。
少し狼狽えた後、急いでここまで連れてきて、治療を施したらしい。一ヶ月だ。俺が起きるまで。
また、八意さんから聞いた話では、来る度に生気が無くなっていったのだと。そういうのも、薬の副作用。無理矢理限界をねじ曲げ、力を飛躍的に高め、五感を鋭くさせる代わり、嘔吐、目眩等、基本的なものに加え、服用する度に生気を無くし、記憶をあやふやにして、加虐性、残虐性も増すらしい。何度も注意したが、聞かなかった。と。事件が起きてから、『天魔』という女性を連れてきた時には、違和感を覚え、俺が止血させた女性を連れてきた時には、もう遅かったと後悔してる。と言っている。
優しい。と言えばそうなのかもしれない。ここまで自分を犠牲にしてまで救うなんて。俺には理解出来ない。全然。
一切。
これっぽっちも。
『大切なものがあるか』の違いなのかもしれない。もしくは俺が冷たいだけなのかも。でも、俺がこの男の立場だったとして、はたして、力を失った無力な自分でも、大切なものを守る為に、自分を犠牲に出来るか? ボロボロの死にかけになるまで、圧倒的な敵を相手に出来るか? 腰を抜かして、無様に逃げ回るんじゃないか?
いや、答えが見つからない事を考え込むのはやめよう。
いつの間にか八雲さんが立ち上がっていて、告げる。
「さて、行くわよ。目を瞑っていて」
俺は言われた通り、目を瞑る。視界が黒一色に塗り潰された。
「もう良いわよ」
という声が聞こえたので、目を開けると、一つの神社があった。辺りを一瞥すると、自分が境内に立っている事がわかる。八雲さんはいない。神社からは腋を出した女性が出てくる。
「紫から話は聞いてるわ。こっちに来なさい」
無駄な話はしない。という風にも感じる、ぶっきらぼうに喋り、さっさと中に入ってしまった。
腋。圧倒的腋ッッ!! なんだあれは……。萌える!! 嘘だけど。腋フェチが開発されそうだな。まあ、そんな風にみれないけれど。
小走りで神社に入る。玄関で靴を脱いで、腕を組んで感情の窺えない顔で待っていた女性に一言謝り、着いていく。
「いいわよ」
やはりぶっきらぼうだ。居間にもう一人いた。見た目もうそのまま魔女。その黒と白は存在感をありありと主張していた。
なに、この……。魔女? 魔法だすの? 呪うの? 『ねるねるねるよ』なの? 美味い! テーレッテレー!
ボケていると、赤い巫女さんから早く座るように促される。巫女さんはもう座って、お茶を飲んでいた。そそくさと座り、お茶を差し出され「私は博麗 霊夢」と自己紹介された。魔女のほうも「私は霧雨 魔理沙だ」とだけ言われて、三人とも黙りこむ。
え、なになにこの気まずい雰囲気。なんか暗すぎる。重々しい。
「いきなりで悪いけど、異変の事を話すわね」
宣言され、話を聞く。
博麗さんは、この男と一緒に解決へ向かった訳ではないから、あまり話は出来ない。と前置きをして、語りだす。
博麗さんと霧雨さんは、この男と別行動した後、命蓮寺という場所に向かったらしい。しかし、そこでは既に、一人を除いて操られていて、しかも、その一人がもう気絶させていたんだと。『戦力にほしい』とお願いしたら、快く仲間になってくれて、色んな場所を巡り、戦った。なんだか勇者みたいだ。山。マヨヒガと呼ばれる屋敷、等々。鬼とも戦ったらしい。気絶させてはベッドに寝かせての繰り返し。もう一人仲間もいたんだが、また後でそこに行かされるんじゃないか? と霧雨さんが言っていた。
そして粗方掃討して、またベッドに寝かせようと、この男の城に行くと、今にも死にそうな顔をしたこの男がいたんだと。怖いね。
そこから後はまた一緒に行動していって、八雲さんの所に行くも、分断されて、霧雨さんと一緒に狐を倒した。
「こんなところかしら。次は人里よ。目を瞑りなさい」
半ば命令する博麗さん。言う通りに目を瞑り、合図が来るまで待った。