存在
目を開ける。勢いよく起き上がり辺りを見回す。
俺は……。気絶してたのか? 色んな女の子や女性達が幸せそうにしている光景がフラッシュバックして……。えーっと、それから……、多分気を失ったんだな……。
あー。俺ってなんなんだろ。なんか凄く哲学的だけれど。それでも、思わずにはいられないッ!!
起きたばっかりなのに疲れたなー。誰か来ないかなー。寂しいなー。
来ない。あー、カロリーメイツ! 食べたいなー。
奇声をあげて、いきなり出てきた手に握っている物に視線を落とす。
こ、これはっ!? カロリーメイツ! じゃないか! な、なんで出たの……? 俺、もしかしたら超能力者? レベル五なの? うおっほ。夢がひろがりんぐ。
そうだよ。このチョコ味が好きなんだよなー。あれ。でも俺、記憶がないのになんでカロリーメイツ! を知ってるんだろうか。記憶はないはずなのに……。まあいいか。うまい。
扉が開く。そこには銀髪の女性と八雲 紫さん。
「あら、起きたのね。体調はどう?」
そう聞いてきた。
俺は口に含んだものを飲み込んでから応える。
「体調は万全ですよ。頭痛も消えましたし」
しかし、二人は俺を見て、固まっていた。そして、焦っているように、銀髪の女性が早口で問い掛けてきた。
「あ、貴方、それをどこから?」
片手にある黄色いパッケージに視線を落とし、頭を掻きながら、扉の前の二人に戻して乾いた笑いを出す。
「なんか、思い浮かべたら出てきたんですよねー」
まあ。どうせ信じてくれないだろ。精々『へぇー、凄いねー。はは』と、養豚場のブタでもみるかのように冷たい目をされるに決まってる。かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね。ってかんじの。
いや、こんな綺麗な人にそんな目で見られても、我々の業界ではご褒美なんじゃ……?
はっはっは。やっぱいや。嫌われるのは勘弁です。
それを聞いてさらに固まった二人。いち早く我を取り戻し、八雲さんが口を開いた。
「それは能力よ」
は? 能力? この人……、大丈夫か? 今更こんな二千十四年の時代にそんな、能力とか。ねえ?
そんな事聞かされても騙されませんぞ? て、なるじゃない? 誰に言ってるかは知らんけどさ。
少し唖然としながらも、言葉を詰まらしながらも、なんとか発言する。
「能力?」
能力というと、なんだ。アビリティー? ん? いや、ちょっと違うな。
いや、さっぱりわからんな。
思考を放棄する。それを露知らず俺に言う。
「そう、能力よ。貴方は『あらゆるものを創造する程度の能力』を持っていた筈だわ」
あらゆるものを創造する程度の能力……? 程度? ぶち壊しなんだけど。あらゆるものを創造する能力で良くない?
いやいや、なによそれ。俺人間なの? だってそんなの人間の身にあまるだろう。
八雲さんから聞いた能力名を何度も口に出して覚える。そして、山の天然水を想像した。すると、何もなかった俺の片手に、見慣れたようなラベルが貼られた、ペットボトルが、あたかも、最初からありましたよ。と言うように、握られていた。
「す、すげぇ……!」
おっほー! なにこれ! 俺の能力は世界一イィィ! やっべ、まじ俺凄い! 自分自身に惚れそうだわ。うん。
ごめん。天地がひっくり返ってもないわ。
今まで固まっていた銀髪の女性が漸く我にかえり、ずっと扉の前で話していた八雲さんに入るよう促して、銀髪の女性も入る。そして、スライドさせ、扉を閉めた。
「これから本題よ」
と宣言してから、壁にもたれさせるように置いていた折り畳み式の椅子を二つ置いて、二人とも座る。
「悲しいけれど、貴方は、記憶喪失なのよ。もしくは、貴方の中に、本当の貴方が眠っているのかもしれない」
銀髪の女性があくまで医者のように、告げる。事務的で、少し寂しさを感じた。
記憶喪失か。薄々感づいてたよ。気がついたら江戸町とかおかしいだろ? なのに現代の知識はあるとか。確実に訳ありじゃないか。しかも次に気がついたら病室で寝てるとか。どう考えても別時代です本当にどうもありがとうございました。
「感づいてましたよ。そういえばここは何処で、何年なんですか?」
まずはこれだろう。何処なのか。日本なのか。なに時代なのか。
俺の質問に、八雲さんが扇子を何処からか取り出して、開いて口元を隠す。少し胡散臭く感じるが、また、絵になっている。
「ここは幻想が集う、最後の楽園《幻想郷》よ。そして今は二千二十五年」
げんそうきょう……? いや、それよりも……、二千二十五年……、だと? 俺が覚えてる限り、二千十四年だぞ。十一年の空白はなんだ……? いや、記憶喪失やらがあるなら頷けるな。しかし、やっぱり気持ち悪いな……。
俺が顔をしかめてると、銀髪の女性が俺を心配してくれた。
「どうしたの? 調子が悪くなった?」
「いえ、調子は至って普通です。えーっと……、看護師さん」
『銀髪の女性』と呼ぶのは流石に無理なので、妥協として看護師さんにした。その名前を聞いて、眉をぴくっと動かし訂正させる。
「八意 永琳よ」
八意 永琳。なんか聞いた気がする。気のせいかな?
頭をひねっている俺に、八雲さんが扇子を何処かになおして、俺を真っ直ぐ見据えた。
「貴方は記憶を失っただけの神楽なのかもしれないし、もしかしたら違う人格なのかもしれない。それは私達には知り得ない。でも、はっきり言うと、私達は記憶を取り戻してほしいし、元の神楽に戻ってほしい。私達の愛する神楽に」
捲し立てる。隣に座る八意さんも申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
愛する……、か。そうだよな。この人達からしたら俺は愛する人に乗り移った偽者だもんな。そりゃあ早く返してほしいだろう。
でも、わかってほしい。俺だって好きでこの体に乗り移った? 訳じゃない。なんたって江戸町で初めて意識が芽生えたんだから。もし、意識があって、その事を知ってたら乗り移ったりなんかしない。
なにが悲しくてこんなこと言われなきゃいけないんだ。
苛立ち、悔しさ、悲しさ。そんな悪感情を抱くが、顔には出さないように、出来る限りの笑みを作り「わかりました! 頑張ります!」と表明した。しかし、やはりうまく笑えなかったのか、二人は黙りこんでしまった。
駄目だなぁ。うまく笑えないや。駄目だ、泣きそう。
涙をさとられないように、下を向く。
「すいません、眠くなっちゃいました。申し訳ありませんが、少し寝かせてもらえませんか?」
「わかったわ。私達に言える事じゃないけど、言わせて。ごめんなさい」
扉を開けて、閉まる音がする。それを確認した後、白いベッドの柵を、鬱憤等、悪感情を力一杯に込めて殴った。何故かその柵は壊れて、吹っ飛び、むなしく音を発して、動きは止まる。それを見て、一層悪感情を抱き、白い毛布を頭まで被り静かに涙を流した。
目がさめる。染み付いた習慣のように。ため息一つ、起き上がり目を擦る。
この男はいつもこの時間に起きていたのか? 時間は……? 七時か。今日もベッドに寝たきりなのか? 散歩したいな。
壁に立て掛けられている時計を見て、鬱憤を吐き出すように、もう一度溜め息を吐く。その直後、扉が開く。まるでこの時間に起きる事を知っているかのように。
「おはよう。今日は幻想郷を見てまわりましょ。そうすれば思い出す切っ掛けになるかもしれないし」
そんなに、そんなに戻ってほしいか。戻ったとき、俺はどうなるんだ? 消えるのか? そんなの嫌だ。俺だってもう少し生きたい。謳歌したい。
「わかりました。ちょうど散歩したいな。って思ってたんですよ! いやー、身体が鈍っちゃって」
頭に手をやり、たはは。と笑う。今日は八雲さんだけみたいだ。
人の前では笑顔を浮かべないと駄目だな。今の俺はどんな顔してるかわからないし。しかし、腹へったな。カロリーメイツ! 食べてないし。
「その前に貴方、そこの扉に洗面所と御手洗いがあるから、そこで身なりをととのえてきなさい」
扇子で顔を隠して、部屋の中にある、一つの扉を指差した。はい。わかりました。と返事をして、扉を開ける。すると、清潔な、病室と同じ白の洗面所、洋風のトイレがあった。鏡を見る。
うわ、こんな顔で会ってたのか。ばれたかな……。
鏡にうつる男の顔は、くっきりと涙のあとが残っていた。涙で目が腫れ、酷くみっともない。水を出して、顔を洗い、歯を磨き、トイレを済ます。一通り終わらし、八雲さんに伝える。
さて、不本意だけど行こうか。この男を取り戻す為に。せっかく俺が生まれたんだ。少しはめを外すか。しかし、何処に行くんだろうか。寧ろ、行った程度で戻るのか? 甚だ疑問だが、思い出さなきゃいけないんだ。無理にでも思い出してやる。嫌々だけど。